宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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【津軽から羽後を走る!】

1970年8月26日(水)

お寺の朝は早い。
わたしは6時30分に目が覚めたけど、もうみんな起きている様子でした。
あわてて支度をしていると「ご飯食べて行きなさい!」との声。
有り難く感謝のうちにいただき、出発となりました。

大鰐町で国道7号に出ました。
周囲には湯治場が多くてとても風光明媚。
きつい上り坂も景色の美しさがペダルをアシストしてくれます。

「矢立峠」に差しかかった時でした。
道路の周りにカメラを構えた大勢の人がいるではありませんか。。。
みんな線路の方に焦点を当ててじっと待っています。
何があるのか分からず、わたしも少し待ってみることにしました。

その時!!
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何と、蒸気機関車が3台連結されて峠を登っているではありませんか!
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後にこれが鉄道ファンには有名な「矢立峠の三重連」だと判明しました。
鉄道ファンならずとも、この光景を目の当たりにすると圧巻です。

矢立峠を越えて秋田県に入りました。
疲れてお腹も減った時「佐藤商店」という看板が見えました。
「佐藤」と聞くと初恋を思い出して少しドキッとしちゃいます(^_^)/~
※バックナンバー「初恋」をご覧ください。
http://ymweb.exblog.jp/6686671/

ここで飲み物とパンを食べて、
さらに登り下りの羽州街道を米代川に沿って進みます。

ようやく能代の街に入り、今宵の寝床探しです。
能代にはお寺が集中してある町があったので、
片っ端から宿泊を頼んでみたものの、すべて断られました。(;_;
こうなれば街道脇の大きな家を探して、
その庭にテントを張らせてもらう作戦です。

「浅内」という集落まで進んだところ、大きな家が目に留まりました。
出て来た青年にテントを張らせてと頼んだら快くOKをいただきました。
こうして庭にテントを張り終えると、
そこにおばさんが帰って来て、果物をご馳走してくれました。
家の中に泊まりなさいと言われましたがそれは遠慮しました。
もうテント張っちゃったし。。。
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夕飯に大好物のカレーライスをいただき、
蚊取り線香を炊きながら寝ました。

〔この日使ったお金〕 飲み物2本¥40 パン3個¥60 
サイダー¥30 アイスクリーム¥10 合計¥140



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# by ymweb | 2016-06-15 23:59 | じゃずぎたりすと物語

【青森だとへばしゃ】

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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この自転車旅行記も間もなく終焉を迎え、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思います。

※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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【青森だとへばしゃ】
(青森というのはね、の意味ですw)

1970年8月25日(火)
朝5時30分、雨が顔にあたり目が覚めました。
待合室の椅子が空いたので、寝床を移動してもう少し寝ることにしました。
外を見ると雨は本降りになって来ましたが出発しないわけにいきません、
少し睡眠不足でしたけど、ポンチョをまとっていざ出発です。
お腹が空いているので市内の商店でパンを買い、走りながら食べました。
北海道を支配していた?高い「日糧パン」とは違い、安いのが嬉しい。
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※当時の個人的感想です。

青森からは通常国道7号線をひたすら走れば良いのですけど、
地図を見ると7号線は湾曲しているので、
弘前を通らないショートカットの道を選びました。
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浪岡町に着くころには雨もすっかり上がり、
「日本の原風景」みたいなのどかな道を進みました。
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今日は睡眠不足と雨だったため疲れモード。
昼飯のパンを買った商店のご主人に
この近くでテント張れたり泊まれそうな場所を訊いたものの、
津軽弁の訛りが激しくて聴き取れず降参。(;_;
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もう少し先に進むことにしました。

愛車レッド号は「尾上町」というところに入りました。
※南津軽郡尾上町、現在の平川市です。

体力も限界に近づいていました。
テントを張る元気もなかったので、
お寺の本堂の片隅にでも泊めてもらおうと、
近くにあった「浄土寺」というお寺に飛び込みました。

クラッと来るくらい美しくてスタイルの良い奥さまが出てきました。Σ(゚Д゚)
奥さまはわたしの疲れ果てている姿を察してか、
宿泊を快諾してくれました。(^^)/

しばらくしてから大阪帰りのご住職が現れて、
行ってきたという万博の話をたくさん聞かせてもらいました。
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ご飯もご馳走になって、9時には寝ました。
何しろお寺の夜は早く、
みんな8時半には床に就いたようです(^_^)/~

〔この日使ったお金〕 ブドー入り黒パン¥40 カレーパン¥20
コーヒークリームパン¥20 クリームパン¥40 合計¥120




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# by ymweb | 2016-06-15 16:04 | じゃずぎたりすと物語

【さらば北海道】

【さらば北海道】

1970年8月24日(月)

朝6時に起床。
昨日は空きっ腹で寝たので、
朝食はたくさん食べようと心に決めていましたが、
このユースホステルの朝食は袋に入った薄いパンがたった3枚と、
小学校の給食で出てくるような脱脂粉乳ミルクと
キャベツの千切りサラダが少々。
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※当時の日記の絵から。

自転車旅行を一ヶ月以上続けている
欠食児童?の16歳宮之上少年にとって、
このユースホステルは最悪でした、
ギターがあったこと以外。('_')

今日の予定は室蘭まで走ってそこからフェリーに乗り、
青森まで行きます。
(行きに函館から走った同じルートを走らなくて済む賢い選択でした。)
ここから室蘭まではそんなに遠くないので、また少し横になって、
フェリー出発の時間に合わせて出発しようと思います。

雨が降る中、国道36号線をひた走っていると
どこかで見たようなスカイラインが走って来て
わたしに合図を送っています。
まさか!!

やはりそうでした。
塚尾牧場の若旦那で、仕事で室蘭まで行くそうです。
「気を付けて行くんだぞ!」
心強い励ましの言葉をかけてもらって分かれました。

室蘭の街に到着しました。
近くで昼食のパンと船中の夕食も買いに行きました。
北海道では「日糧パン」という会社が大きなシェアを占めていて、
味はまあ良いのだけど、
貧乏旅行者にとって値段が高いのが難点でした。
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でも仕方ないので、50円のピーナッツパンと
30円のぶどうパンを買って半分だけ食べ、
残りを夕食に回そうと思いました。(;_;

室蘭港のフェリー乗り場に到着しました。
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旅で得た凄い宮之上式節約法があります。
先ずは荷台が空いているトラックを見つけます。
そして運転手にわたしを助手席に乗せて、
荷台には自転車を積んでくれるよう頼みます。
こうすることによって積んだ自転車はトラックの荷物とみなされ、
車の同乗者の運賃も無料になるのです。
つまり無料でフェリーに乗ることが出来るのです。(^^)/
※1970年の情報で、現在は違うと思います。
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このフェリーには大勢のサイクリストが乗っていました。
しかしわたしのような頭脳作戦を行っている人は。。。
いそうもありませんね(笑)
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フェリーは太平洋、そして津軽海峡に進みます。
漕がなくても進んでくれる歓び。
しっかり寝て日ごろの疲れを癒しました。
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「お~い、着くぞ!」
夜10時、運転手から起こされて甲板に出ると青森港。
「日水」のマークが赤々と海面に反射していました。
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本州に戻って来たぞ~~!!
さて今夜のネグラ探しです。

目に留まった寺を2ヵ所尋ねましたがどちらも断られ、
寒さと空きっ腹で「ラーメン80円」の看板に飛び込んだものの、
「看板に偽り有り」で、90円取られてショック!(;_;

泊まる場所がないので駅の待合室のベンチで寝ようと思い、
青森駅に向かいました。
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しかし、です、
何とベンチも始発待ちの人でいっぱいでした。
仕方なく手製寝袋にくるまって自転車置き場の横で寝ることにしました。
しかしそこにも数名、始発待ちの人が寝ている状態でした。"(-""-)"

蚊がうるさくてなかなか寝付けず、眠りについたのは1時半頃でした。
しかし本州に戻って来たので、ここからは南下するだけです。

いよいよ自転車旅行記も最終章に入ります。
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〔この日使ったお金〕 パン代合計¥110 / ラーメン¥90 合計¥200




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# by ymweb | 2016-06-03 17:25 | じゃずぎたりすと物語

あっ! ギター!

1970年8月23日(日)
【あっ! ギター!】

白老の朝。
起きて出発の準備に取り掛かりました。
帰ってからお礼状を書くためにこのお寺の住所を聞いて出発。

北海道の滞在も少なくなってきたので、のんびり走りました。
今日の目的地は登別温泉あたりで、比較的近いのです。

途中お腹が空いて、豆パン1個買って食べましたがぜんぜん足りません。

小1時間走ったところでもう登別駅に着いてしまいました。
ここから登別温泉まではすぐだろうと、たかをくくっていましたが、
それがとんでもない上り坂の砂利道でした。('_')

自転車を降りて押しながら坂道を登っていると、
そこへ1台のバイクが近づいてきました。

「引っ張って行ってあげようか、ロープで!」
こうしてバイクに引っ張られて坂道を登って行くとすぐに転倒。
気を取り直して再びトライするもまたまた転倒して、
膝を擦りむいてしまいました。
気持ちに感謝してお別れしました( `ー´)ノ

ようやく登別温泉・地獄谷に到着しました。
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ほとんど知られていなそうな、
倶多楽湖(くったらこ)という湖を訪ねてみることにしました。
透明度の高いとても綺麗な湖です。
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湖畔には「倶多楽湖ユースホステル」と、裏手にはキャンプ場もあって、
少し早いけど、今夜はこのキャンプ場に泊まろうかと思います。

しかしです、ふとユースホステルの窓を見ると、
何とギターが見えるではありませんか!!
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ギターが弾きたいがために?早速行って空き部屋を確認して
こちらに泊まることにしました。(^^♪

しかしこのユースホステルは風呂の設備がなくシャワーのみ、
食事もお粗末で、ミーティングと呼ばれる
ユースホステル独自のイベントもありません。
ペアレントと呼ばれるオーナーはあまりやる気がないように感じました。
※日記に書いてあるその時の個人的な意見です。

しかし宿泊者で外でキャンプファイアーをしている人たちがいて、
その人たちが自発的に「夕べの集い」を行い、わたしもそれに参加しました。

一人ずつ自己紹介している間もわたしはずっとギターの演奏に耽り、
自分の番が回ってくるのも忘れていました。

「へ~~ 上手ですねギター! 何を弾かれているのですか?」
「ありがとうございます、ジャズです。」

パチパチパチパチ

「真っ黒に焼けていますけどどちらからいらしたんですか?」
「自転車で東京から来ています」

パチパチパチパチ

「今日で何日目ですか?」
「え~と。。。1ヶ月と1日です」

パチパチパチパチ

質問に答えるたびに周囲から拍手が起こりました(笑)
宿は期待に反しましたけど、素晴らしい出会いに感謝です。
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※この写真はイメージです。

ほんとうはもっとギターを触っていたかったのですが、
9時半ごろ床に就きました。
布団の中に入っても足はまだビートを刻んでいて、
なかなか寝付けませんでした。('_')

さて明日はいよいよ北海道とお別れして本州に戻ります。
この自転車旅行も終盤に入りました。

※情報によると倶多楽湖ユースホステル(白老郡白老町字虎杖浜)は、
解約後も『倶多楽湖キャンプ場』敷地内のロッジとして営業を継続していましたが、
1999年に廃業し、閉鎖された模様です。

〔この日使ったお金〕 豆パン1個¥60 / ファンタ¥30 / ナイスクラッカー¥50
ユースホステル代¥600 合計¥740


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# by ymweb | 2016-05-23 16:25

牧場を後に

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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1970年8月22日(土)
 【牧場を後に】

朝5時過ぎに起きて馬にカイバをあげ、一頭一頭にブラシをかけます。
牧場バイト最後の仕事です。
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一度仔馬にブラシをかけていた時に足を軽く踏まれて
飛び上がるような痛い思いをしたことがあるので、
まだ少し恐さはあるものの、毎日世話していたので愛おしくて、
一頭ずつ別れを言いました。
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朝食を済ませてバイト代金¥3,000をいただき、
思い出深い塚尾牧場を後に、
日本一周自転車旅行一人旅の再開です。

国道235号線を太平洋に沿って西に向かいます。
風が強いのは台風の影響ですが、
運良くそれが追い風となって、楽に走ることが出来ました。
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苫小牧市にほど近い沼の端(ぬまのはた)というところまで来たら道を間違え、
国道を進むはずが自転車の天敵の砂利道に。

こうして苫小牧市まで来て、
疲れたので今日はこの街に泊まろうかと思ったけど、
この街は製紙工場が立ち並んでいて少し無機質に見えたので、
もう少し先に進み、白老(しらおい)という街に泊まることに決めました。

早速テントを張れるような敷地のあるお寺を探しに行きます。
近くには「白老ユースホステル」がありますが、
貧乏旅行ではその宿泊料さえ高く思えて、なかなか飛び込む勇気がありません。
しかし出発前にユースホステルにも宿泊する旨を伝えていたので、
両親から手紙が届いている可能性もあり、とりあえず立ち寄ることにしました。
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※写真は拾って来たもので当時のものではありません。

「みやのうえさん?ですか?」
わたしの勘は的中して、父から手紙が届いていました。

途中カメラをどこかに落として凹んでいた時に、
赤電話から自宅に電話したことを覚えていたらしく。
「貴昭、元気か? カメラは買いなさい、
吉田君は途中台風に遭ってめげたらしく帰って来たぞ」

元々口数の少ない父で、手紙の内容もたったそれだけの短いものでしたが、
16歳の宮之上少年は久しぶりに父の肉声を聞いたような気持になりました。

カメラは阿寒湖で借りたので大丈夫!
気を取り直して寺探し。
2軒目のお寺で宿泊のOKをいただき、境内の隅にテントを張りました。
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そして近くにある有名なアイヌ部落に行き、
資料館や踊りを楽しみました。
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純粋なアイヌ人はもうほとんどいないそうです。

こうして10時半、
またきつい手作り寝袋に体を突っ込んで寝ました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥25 / 豆パン大1個(¥60) /
パン1個¥30 / アイヌ部落入場料¥70 / タバコ(mf)¥80 合計¥265



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# by ymweb | 2016-05-23 13:12 | じゃずぎたりすと物語