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宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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9 〈ライバル出現〉

ジャ・ジャ・ジャ・ジャ~~~ン!! 

部屋のカーテンを開けたままだったので、
押入れから出ると朝日が眩しくて少しくらくらしましたが、
〈運命〉は一晩にして完璧に弾けるようになりました。

でも、ちょっと待てよ。。。
「押入れ」の中だったから弾けたので、外に出ると弾けないかもしれません。
一抹の不安がありましたが、学校があるので少し仮眠して、
帰ったらまた弾いてみることにします。

この「押入れ特訓」がまたもや功を奏したようで、
部屋で音量を上げて力強く弾いても、ばっちりレコード通りでした。
加えて、弦高が高くて張りの強い鉄弦フォークギターは、さしずめギターの「筋トレ」。必然的に左手の握力と、右手のピッキングの訓練を施してくれました。

こうして音感やテクニックも付いてギターが上達して、少し有頂天になっていた頃、
クラスの誰かが「B組の福田君ってギター上手いよね~~」と話しているのを聴きました。

当時でもギターを弾いている生徒が数名いて、中には私と同様に、
寺内タケシの演奏する曲を練習している生徒がいるとのこと。
その中でも飛び抜けて上手いのがB組の福田君だそうだ。

う~~ん、気になるな。。。 福田君(B組)。

彼は学校にギターを持って来て、昼休みには教室で弾いているようです。

早速偵察に行くことにしました。

上手い!!

弾いていたのは何と、私が徹夜で練習した〈運命〉でした。
さらに同じく寺内タケシの〈空飛ぶギター〉や〈津軽じょんがら節〉
これらの曲をいとも簡単に弾いて、クラスメイトを驚かせています。

私は一部の友人を除いて、ギターを弾いていることは公表していませんでしたが、
福田君の演奏を聴いて圧倒され、さらにその気持ちは大きくなりました。
同時に対抗意識がメラメラと沸きました。

私はさらにハードな練習を行いました。
弦を押さえる左の指の全ては血豆となり、しばしばそれが破けて出血しました。
そう、まさにこの頃は1日10時間くらいギターの練習に費やしていました。
学業がおろそかになるのは当然といえば当然です。
通知表をもらうたびに、成績はどんどん落ちていきました。

そろそろ高校入試の心配をしなければいけないという中学3年生のある日、
学校で音楽祭の行事があり、仲間から推薦されて出演することになりました。
どうやら福田君も出演するそうです。

寺内タケシが〈運命〉はもとより、〈未完成交響曲〉や〈白鳥の湖〉、
はたまた〈剣の舞〉などのクラシック曲を題材にしていることにヒントを得て、
私も自分でクラシック曲を選んでアレンジして、独自の演奏が出来たらいいなと考えました。
おそらくは福田君は寺内タケシの演奏曲をそのまま披露すると考えて、
私は誰も想像していなかった曲を演奏したいと思いました。

どうにもこうにも「負けず嫌い」というか「ライバル心が強い」というか、そんな私です。

音楽会で演奏するのに選んだのは有名なあのクラシック曲でした。
# by ymweb | 2007-04-18 18:49 | じゃずぎたりすと物語

8 〈指が!〉

それまではナイロン弦で、テンションも柔らかくて弦高も低かったのですが、
購入したフォークギターは鉄弦で、テンションもきつく、弦高もえらく高いものでした。「見た目」だけで買ってしまったことをこの時につくづく後悔しました。

考えてみれば、ギターにはそれぞれ目的があります。
クラシックギターのように、単音や和音を細かく演奏するのに適しているのに対して、
フォークギターは開放弦を中心に「ジャラーン」とコードを弾く、
文字通り歌の伴奏用だ。

これまでどんな曲を練習していたかと言えば、歌謡曲からロックやクラシックまで。
それこそ巷に溢れる音楽の全て。
1日8~10時間はギターに触っていて、
ギターを弾く合間に学校に行っているという生活が続いています。

この頃までに、おおよそたいていの曲は、
耳で聴いてそれをすぐにギターで弾くことが出来ました。

しかし。。。
指が痛い!
今まで弾けていた曲も、指が痛くて思うように弾くことが出来ません。
細かいパッセージを弾けば、左手の指はそれぞれ押さえた跡がくっきりと残り、
右手の親指は腫れ上がり、程なくしてマメが出来て破れて血が滲みました。
これでは練習になりません。

話に聞いていた「ピック」を買いに楽器屋に行くことにしました。
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初めて手にした「べっ甲」柄のピックを使って猛練習の再開です。
指弾きと違い、弦の移行が難しくて練習する甲斐は大いにあります。

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド 
ドド レレ ミミ ファファ ソソ ララ シシ ドド 
ドドド レレレ ミミミ ファファファ ソソソ ラララ シシシ ドドド
ドドドドレレレレミミミミファファファファソソソソララララシシシシドドドド

私の練習方法は、他人が見れば確かに異常だと思います。
これを飽きもせず一日中行っているのです。しかも楽しんで。

学校の帰りに、ギターを弾いているという友だちが家に遊びに来ました。
最初は一緒に話をしたり演奏したりして楽しんでいたところ、
私が突然自分の練習モードに入って、友だちが来ていることも忘れて、
何時間も同じフレーズの反復練習をしていたら、
気が付くと、友だちはいつの間にかいなくなっていました。

いいのです、友だちなどいりません。
私の親友はギターです。



そんなある日のことです。
テレビを見ていると、エレキギターで日本民謡の
〈津軽じょんがら節〉を演奏している人がいました。

そう、寺内タケシさんでした。

少し「ダサいな。。。」とは思いましたが、
あまりにもギターが上手いので、
驚き見入っていました。

うん、この人は確かにギターが上手い!

彼の出演するテレビ番組は欠かさず見ることにしました。
とりわけ、夕方6時から放送している〈シャボン玉ホリデー〉には毎回出演していて、
そのギターテクニックを惜しみなく披露していました。
とりわけクロマティックで下降する「テケテケフレーズ」は驚異的で、
何とかコピーして自分も弾けるようにと、その瞬間を食い入るように見ました。
この頃に現在のような録画する技術が発達していれば、さぞ便利だったでしょうに。

しばらくしてその寺内タケシさんが、ベートーベンの〈運命〉を弾いていました。
これはかなり難しそうです。
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たまたま友人がこのレコードを持っていて私にくれました。
〈レッツゴー運命〉??
タイトルも何だかダサいです。
当時は「レッツゴー」という言葉がトレンドだったのでしょう。
今では死語ですね。

話は変わりますが、「ダサい」といえば、海外の有名なバンドの名称の前に
「東京」を付けると、たいていはダサくなりますね。
例えば「東京ビートルズ」や「東京ベンチャーズ」。

それでも地方の人にとって東京は大都会で憧れなのでしょうか。
ツアーで遠方に行った時などに年配の方からよく話しかけられるのは、
「うちの息子は東京で働いています」
それで、「東京のどちらで働いているのですか?」と尋ねると、
「大宮です!」。
「娘が結婚して東京に住んでいます」
それで「東京のどちらにお住まいですか?と尋ねると、
「宇都宮です!」
広いんです、東京って。


さて、早速寺内タケシ演奏の〈レッツゴー運命〉、
コピーにトライしてみることにしました。
もちろん「押入れ」の特訓です。

押入れにレコードプレーヤーを持ち込んで、
夕方から集中してコピーに取り掛かりました。
集中力持続疲れと酸素不足もあってか、
フラフラになって押入れから出てきたのは朝でした。

はたしてこの難曲を全てコピーして弾けるようになったのでしょうか?

〈運命〉やいかに?
# by ymweb | 2007-04-12 18:45 | じゃずぎたりすと物語
父の実家、上馬のお婆ちゃんの家に行き、「玉電」乗って2つ目、
今は「サンチャ」と言うらしい三軒茶屋に到着。

この「玉電」、正確には「東急玉川電鉄」とか何とか言うらしいですが、
みんな「たまでん」と発音しています。

当時は渋谷と二子玉川を結んでいる路面電車でしたが、
現在ではその部分のほとんどは地下に潜り、路線をはるかに延長して、
神奈川県大和市の中央林間まで走る「東急田園都市線」となっています。
起点はもはや渋谷ではなく、
墨田区押上あたりまで延びているそうですから驚きですね。

「玉電」は木造の車両がほとんどでしたが、
時たま「新車」と銘打った丸っこい車両がありました。
この新車も、道路を往来する車やバイクなどに混じって走るわけですが、
これに乗る時は少し「未来っぽく」て?子供心に胸がときめきました。
e0095891_20115139.jpg

さて三軒茶屋に到着すると、早速楽器や巡りです。
当時も三軒茶屋は人が多く、賑わっていました。

ギターが飾ってあるお店を数軒覗いたりしましたが、
どんなギターを買ったら良いのかさっぱり解かりませんでした。
どのお店もクラシックギターやフォークギターが所狭しに並んでいますが、
目安は「見た目と値段」しかありません。
こう見えても、子供の頃からわりと良識派だったのか、
お婆ちゃんに高額な出費をさせることに戸惑いもありました。
その時、目の前に「ミドリヤ」がありました。

当時「ミドリヤ」といえば、「丸井」と並んで、
ローンでの買い物をいち早く世間にアピールした大手会社の一つです。
この中にある楽器店には、ギターの品数が豊富に揃っていました。
それでこの店で選ぶことにしました。

音色や弾き易さなどは二の次でした。
見た目で選んで手にして、音を出してみるわけでもなく、
値段の付けられた正札を見せてお婆ちゃんの顔色を伺いました。

中段の右に飾ってあるギターに目が留まりました。
¥8.500の正札の付いているフォークギターです。
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「これでいい」
手にしたものの、実際に弾いて音を出して確認するわけでもない私に、
「いいのかいこれで??」
念を押すお婆ちゃん。

おそらく頭金¥1.500を払って、残金の¥7.000を
¥1.000ずつ7回払いにしたのだろうと子供心に勝手に計算して、
お婆ちゃんに心から感謝しました。

さて帰り道は来た時よりルンルンです。

家に帰って早速弾いてみることにしました。
しかし。。。指が!!!
せっかくお婆ちゃんに買ってもらったギターでしたが、
試練に直面する大きな問題が起こりました。
# by ymweb | 2007-04-10 18:37 | じゃずぎたりすと物語

執筆中記

〈じゃずぎたりすと物語〉

お陰さまで大勢の方に好評をいただいていますが、
一部の人から「そこまで明かしていいの?」という声もあります。

確かに過去のプライベートなことまで書き過ぎの感がありますが、
これも現在の〈ギャグギタリスト〉に至る経緯ですので、
今後もありのまま、心のままに書いていきたいと思います。

今後とも宜しくお願いします。
# by ymweb | 2007-04-09 18:33 | じゃずぎたりすと物語

6 〈ギターが!!〉

「おふくろ、金貸してくれよ」

そう、兄はお金の無心に来ていたのです。

私はしばしばこの光景を目にしていました。

考えてみれば、当時兄は24、5歳で一人暮らしでした。

日払いのダンプの運転手などをしていたようですけど、
生活は安定しているとは思えません。
しかし幼い頭ではその状況など理解することが出来ませんし、
大好きな父が、そうした兄の行動にいつも批判的だったので、
私の考えも父の見方に影響されて兄を嫌うようになったのかもしれません。

兄の発する言葉に私がいちいち揚げ足を取ったのでしょう。
「よしあき!この野郎!!」 兄は突然キレました。

私の胸ぐらをつかんで押し倒し、部屋に立て掛けてあったギターのほうに向かい、
弦を思いっきり引っ張って、全ての弦を切ってしまいました。

ギターが、大切にしていたギターが。。。。

いくら兄からもらったとはいえ、これほど悔しいことはありません。

さんざん母と口論の末、兄は出て行きました。

母は泣いている私を見て憐れに思い、
「よしあき、大切なギター壊れちゃったね。。。」
「そうだ、上馬のお婆ちゃんに相談してみようね。」
「お婆ちゃんだったらよしあきを可愛がっているから、
訳を話せば新しいギターを買ってくれるかもしれないよ」

早速お婆ちゃんに電話をかけてくれました。上馬の。

でも、ちょっと待ってください。

考えてみればギター自体は壊れていませんから、
弦を取り替えるだけでよかったのではないでしょうか?

そう、1セット買うだけで済んだはずですね。

幼い頭では「弦が切れたらギターという楽器は終わり」なのでしょう。
母もそう考えていたのでしょうか。。。

そういえば、もらってから一度も弦は交換していませんでした。

とにかく上馬のお婆ちゃんのOKが出たそうで、
週末にはお婆ちゃんと三軒茶屋に行って、
新しいギターを買ってもらうことになりました。

もう気分は一転、ルンルンです。
# by ymweb | 2007-04-07 18:31 | じゃずぎたりすと物語