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宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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【帰国】

じゃずぎたりすと物語


執筆開始から13年目を迎えた「じゃずぎたりすと物語」

いよいよ完結です。

これまで熱心にお読みくださった方々に感謝を申し上げます。


じゃずぎたりすと物語

【帰国】

「ミヤ〜??」

一瞬疑ったような表情を見せた若い黒人の女の子。


ケネディ空港に迎えに来てくれたのは、米軍横田基地で一緒に演奏していたドラマー、エディの彼女、クローデット。

ポッチャリ系美人で、声が高くてのんびり話す。^_^

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ひょっとして、首からカメラぶら下げて黒縁メガネの日本人を想像していたのかもしれない。

わたしは髪の毛はアフロヘアーでサングラス、しかもカリフォルニアの紫外線いっぱい浴びて、かなり日焼けしています。(ニッポンコクジンか!?)

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エディからわたしの性格をインプットされていたのか、見た目の雰囲気からか?出会ってすぐに親しく接してくれました。

地下鉄に乗って、先ずは彼らが住むブルックリンへ向かいました。

エディのアパートに着くと、程なくしてジョージとチャッピーが帰って来ました。

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挨拶もそこそこに、日本のこと、米軍基地の演奏のことなど、矢継ぎ早に質問責めです。(^.^)

行ったことのない日本に興味津々なのでしょう。

ニューヨーク初日は予約してくれていた近くの安ホテルに泊まりました。

しかし、考えることは日本語で話すのは英語なので、「知恵熱」が出そう。(o_o)


そんな時でした。

ホテルの下で「パーン!!パーン!!」

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驚いて窓から覗くと、誰やら走って逃げ去る姿が。

これは明らかに拳銃の発砲音です。

しばらくして、けたたましいパトカーのサイレンの音が近づいて来ました。

そう、わたしはニューヨークの危険地域、ブルックリンにいます。

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よく晴れ渡った翌日、再びエディの兄弟の家に行きました。

Miya.Do you smoke?

タバコなら吸うよ〜

Yes I do


わたしを連れて近所の雑貨店に入り、

鉄格子の先にあるレジのオヤジに、周りを気にしながらそっと5ドル渡すと、茶色の封筒に入った物を受け取りました。

彼らの意味しているsmokeは、もっといけない方のsmokeでした。(・・;)

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酒好きなわたしは、この店でお酒を買おうと思いましたが、彼らはそちらには興味ないみたいでした。(^^)


アパートで、大きなテーブルにgrass(スラングです、想像してください。)を広げて、茎などを丁寧に取り除き、紙に巻きます。


実はわたし、過去に仲間からgrassをもらったことがあるのだけど、

はっきり言って、効いた試しがなく、喉が痛くなるだけでした。

これだったら酒の方がずっと良いと。


完成したのは細めを5本分くらい。

先ずは灰になる時間の無駄をなくすため?手に持って1本を4人で回し吸い。(´Д`)y~~

(また喉が痛くなるだけ)と思いきや、次にわたしの番になる頃は頭がグルグル。ʕʘ‿ʘʔ

なんじゃこれ〜

決して皆さんに危険薬物をオススメしている訳ではありません、むしろ、してはなりません、念のため。


エディ家のアパートは比較的広くて、使っていない部屋があるから、ここに住んでOKと嬉しい言葉。

お世話になることにしました。


思いっきりジャズではないものの、兄はベース、弟はベースを演奏する。

わたしはギターを買いに行くことにしました。

ニューヨーク中の目ぼしいお店を何ヶ所か探したけど、結局ブルックリンの小さな楽器店で見つけたギルド社製「アーティストアワード」

これは!と感じた1本でした。

(この後、このギターを21年愛用して、たくさんのレコーディングをしました。)

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このギターを手にして毎日部屋で練習、

そしてブラザーたちとセッションの日々です。

もちろん生の演奏にもたくさん触れました。


秋が来て寒い冬が来て、また春が来ました。

ビザの有効期間など、とっくに切れています。

エディたちのバイトの手伝いもしましたが、お金を使い果たしました。

考えることも話すことも英語になったころ、帰国することになりました。


はたして、長いことほっておいた妻や仲間は、わたしのことを受け入れてくれるのでしょうか。

帰国したら仕事はあるのでしょうか。

不安が一杯です。


アメリカ滞在はもとより、今までのたくさんの経験は実になっているのでしょうか。

正直なところ、自分ではよく分かりません。


おわり


長い間「じゃずぎたりすと物語」を購読くださり、まことにありがとうございました。


[速報!]

じゃずぎたりすと物語シーズン2

今夏執筆!


/////////////////////////


宮之上貴昭1953107

東京都世田谷区生まれAB

10歳からギターを始め、15歳からジャズに開眼。

18歳からキャバレーでプロとして活動、23歳の時に渡米し、帰国後自分のバンドで活動し、24歳の時にビル・エバンス(pf)トリオで来日したフィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)をゲストに「Song for Wes」(キングレコード)でメジャーデビュー。

その後もジミー・スミス(org)をゲストに「Touch of love」(バップレコード)、ストリングスオーケストラをバックにした「Foxy Eyes」(東芝EMI)、日本ジャズ100選にもなった「ウェス・モンゴメリーに捧ぐ」(キングレコード)などはとりわけ有名。

最新作は20194月に発売された「Taste of jazzguiter」(YPMレコード)


1988ジャズヤトラ出演(インド国中で行われる)ジャズフェスティバル

1992年から連続5モンタレージャズフェスティバル

2000年からほぼ毎年ハワイコンサート

2005年から6カリフォルニア・サンノゼジャズフェスティバル

2013パリでコンサート

2015メキシココンサート


宮之上貴昭ウィキペディアより

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E4%B9%8B%E4%B8%8A%E8%B2%B4%E6%98%AD


# by ymweb | 2019-05-28 18:07 | じゃずぎたりすと物語

渡米!!

じゃずぎたりすと物語


13年かけて執筆している「じゃずぎたりすと物語」

間もなく完結となります。

これまで熱心にお読みくださり、ありがとうございました。

初めて読まれる方は、

ギターを弾くきっかけを書いた第1話から是非お読みください。


【いよいよ渡米!】

渡米を決心するまでに費用や生活のことなど、考えておく問題がたくさんあります。

これまで一生懸命に働いたので、貯金はそこそこありました。

以前に彼女を寝取られた親友?の吉田君が仕事で現在L.A.にいると聞いて、

しばらく彼のところに滞在してからニューヨークに行こうと考えました。

https://ymweb.exblog.jp/27924778/


「ハワイ経由ロサンゼルス行き大韓航空」

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生まれて初めて乗る飛行機は羽田空港から国際線です。(-ω-)/

(当時はまだ成田空港ありませんでした。)


空港に到着すると、吉田君が車で迎えに来てくれていました。

彼は観光で来る日本人にロサンゼルスを案内する、という仕事をしていて、

3rd streetWestern streetの交差する辺り、

いわゆるコーリアンタウンの近くで、

知り合いの男性とアパートをシェアしていました。


初めて踏み入れるジャズ発祥の地アメリカは、わたしにとって興味津々だけど、

地域によっては治安が悪く、

道路の両脇に浮浪者や危ない人が大勢いるので緊張感が高まります。

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しばらく吉田君のアパートに居候を決め込み、ジャズクラブで演奏を聴いたり、


UCLAとかディズニーランドなど、観光はもとより、

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楽器店もいろいろ覗いて見たのだけど、

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L.A.にはわたしの心を満たしてくれるものが見つからないように思えました。


渡米の目的はジャズです。

聴いて弾いて、実際の空気感に触れて学ぶことです。

ニューヨークに飛ぶことにしました。


コネクションは横田米軍基地で一緒に演奏していたドラマー、エディの兄弟です。

LAから4時間半のフライトでケネディ空港に到着。


「ミヤ?!」

声を掛けて来たのは、思いがけず若い黒人の女性でした。

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これから怒涛のニューヨーク生活が始まることになります。


つづく。


# by ymweb | 2019-05-09 15:54 | じゃずぎたりすと物語

[前号までのあらすじ]


婚約して、キャバレーと米軍横田基地で演奏して、月曜日は武蔵野音楽院で教えて、ジャズ喫茶でバイトする忙しい日々、


そんなある日のこと、わたしのもとに一本の電話が。


【渡米?! このタイミングで⁉️】


「み、宮之上先生ですか? わたしは河内伸介(こうちしんすけ)と言います。宮之上先生にギターを習いたいと思いまして電話しました・・・」


日野にある東京工科短大の学生、河内伸介は、最も初期にわたしの生徒になった一人でした。

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ジャズギターはコツコツと地道な努力と練習が必要なのだけど、(ジャズギターに限らないと思うけど)、彼はそのプロセスが苦手みたいで(゚ω゚)、なかなか上手くなりませんでした。


相性が良かったのと年齢が近いということもあって、彼とは麻雀したり(その頃はハマっていました)、彼の大学に黒人たちを連れて行って演奏したり、わたしの演奏を趣味で録音したりと、個人的にも親しくなっていきました。

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河内伸介との足跡は後編で大きく紹介したいと思います。


米軍基地で演奏していたある日のこと、

ドラムのエディが「ミヤ、ニューヨークに行ってみると良いよ! 勉強になるから。」

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ジャズミュージシャンなら皆んな憧れる「渡米」

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本物のジャズを聴いて勉強し演奏する。

実はジャズギターを始めた時から心に描いていたわたしの夢でした。


当時は今と違って航空券が高くて、とても妻を連れて行く予算はありません)


でもエディの言葉が毎日ずーっと心に響いて来て、

ジャズギターが上手くなりたい、本場の空気感を吸収したい。

その想いが強まり、ついに新婚の妻を残して単身で渡米することを決断しました。o(・x・)/

自転車で日本一周したエネルギーも後押ししたに違いありません。

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よ、仲間よ、仕事よ、

帰って来るまで待っててくれ~

まあ待ってなくても良いけど。

そんな気持ちでアメリカへGO❗️🛫🇺🇸

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つづく



# by ymweb | 2019-03-14 10:02 | じゃずぎたりすと物語

[全号までのあらすじ]


アルバイト先の「モダン」でコーヒーを淹れていると、ショートヘヤーが良く似合う、とてもキュートな女性が来ました。


相方のウェイトレスが、

「あら?マキちゃん、久しぶり!」


ふ~ん、「マキ」って言うんだ。。。

わたしはこの女性に少し興味を惹かれました。


【婚約、そしてニッポンこくじんの日々】

ジャズが大好きなので「モダン」にたまに聴きに来ている、というこの女性に、わたしのライブがあるので聴きに来ないか?と誘ってみました。


最初は怪訝な表情を見せていたのだけど、興味を示して来てくれることになりました。


こうして彼女との初デートは、八王子のジャズ喫茶「アローン」のわたしのライブでした。(^^)

そもそも、ギターを始めるキッカケなんて、女の子にモテたいからでしょ? 普通は。(=^x^=)


しかし残念ながら、特に演奏を気に入ってくれた訳ではなく、一生懸命に演奏している姿が印象に残ったそうです。(゚ω゚)ナンダ


それでも彼女と恋に陥るのに 時間はかかりませんでした。(`*)


宮之上貴昭 23

「武蔵野音楽院」の講師として就任が決まり、ある程度生活の安定が見込まれるのを機会に、お互いの両親を紹介して婚約し、西国分寺の一軒家に住むことになりました。


そんなある日のこと、


米軍横田基地でオルガンを弾いているジョー・デイビスから仕事を頼まれ、「New Groove」というトリオ名で、毎週木曜日と土曜日、基地内のNCOクラブで黒人たちに混じって演奏することになりました。

まさに「ニッポンこくじん」です。(°°)

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ドルでもらうギャラは現在と違い、相場が1ドル300円くらいだったので良い仕事になりました。

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そして基地内は免税なので、酒やタバコも格安嗜むことが出来ます。(持っては帰れませんが。)

また、高かったステーキのコースも、レストランで安く食べることが出来ました。

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当然飛行場なので、アメリカ空軍基地のある世界中から飛行機が発着しています。

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そんな光景を眺めに、24時間オープンしている「エアポートゲート」にあるレストランに行くのも楽しみでした。


当時は黒人が街を歩いている姿を見るのも珍しい光景でしたが、

西国分寺に住むわたしたち夫婦のところに、皮ジャン来て「ナナハン」乗った黒人が頻繁に遊びに来ていました。

わたしはその頃、英語もペラペラペラって感じでした。(現在はペッくらい)

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そんなある日のこと、一本の電話が!


「み、宮之上先生ですか?」


この人物との出会いが、後にお互いの人生を大きく左右させる?あの人物だったのです。


その人物とは?!


つづく


# by ymweb | 2019-03-07 16:50 | じゃずぎたりすと物語

出会い

ギターの練習は続きます。


国立(くにたち)には国立音楽大学があって、キャバレーで一緒に演奏していたドラマーの宇谷君が在籍した打楽器科教室もありました。

その木造校舎の教室をスタジオ代わりに使って週に何度も通い、アドリブやリズム、コードのことなどを仲間と研究しました。

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ビブラホンの大井貴司やベースの山口和与など、現在も現役で活躍するミュージシャンは、ここで腕を磨いた仲間です。


こうした研究の場は腕を磨くだけでなく、知り合ったミュージシャンとバンドを組んで「ジャズ喫茶」(当時はライブハウスとは呼ばず、こう言ってました)に出演したり、キャバレーの募集状況など、情報交換の場所ともなりました。


そのコネクションから「ジャズ喫茶」の出演が少しずつ増えて、キャバレーはトラを入れて(休んで他の人を頼む=エキストラの略語)、本質のジャズに打ち込んで行くことになりました。

しかし、一人暮らしの生活もあるので、キャバレーの演奏はもちろん、「喫茶モダン」のバイトも欠かせません。


モダンはたくさんレコードがあるので聴き放題なのが嬉しいし、勉強になります。


そんなある日のこと、


モダンでコーヒーを淹れていると、初めて見る女性がカウンターの向かいの席にちょこっと座り、コーヒーを注文しました。


ショートヘヤーが良く似合うとてもキュートな女性です。

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相方のウェイトレスの勝手(かつて)さんが、


「あら?マキちゃん、久しぶり!」


ふ~ん

「マキ」って言うんだ。。。。。。。


わたしはこの女性に少し興味を惹かれました。


そして。。。


つづく


# by ymweb | 2019-03-07 12:17 | じゃずぎたりすと物語