宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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執筆中の「じゃずぎたりすと物語」は中盤から
「自転車日本一周旅行記」に変わりかけちゃっていますが、(^^;
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
まだまだ皆さんにお聞かせしたい、
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。

※記載してある情報は詳細に書き記された当時の日記からのものです。

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じゃずぎたりすと物語 53話 〈死体が!〉

1969年8月6日(水)

寒い、あまり眠れない。
リーーンと目覚ましが鳴ったけど、もう少し、と思ったのが間違いのもとだった。
結局起きたのは8時30分で、顔も洗わずに荷物を整えた。
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出発は9時。
寝坊のバチが当り? 国道232号線は自転車にとって最も走りにくい、
石ころだらけの砂利道がずっと続きました。

何度も転びそうになりながら必死にペダルを漕いでいたところ、
ザザーッと大きなトラックが横に止まり、「乗っていくか??」
メガネをかけた優しそうな運転手でした。
たくさんの荷物を積んだ重い私の自転車を一緒に荷台に乗せて出発。
遠別という町までの17キロの短い道のりでしたが、
その先は道路が舗装されていたので助かりました。

北海道らしいと言えばそうかもしれませんが、
左手遠くには日本海が見えるものの、まさに原野の中を走っています。

寂しい光景が、いくらか行き交う車が増えてきたと思うと、
愛車レッド号は今日の目的地、天塩市内に入りました。

早速今宵の宿探しのためにお寺を探してみることにしました。
※テントなどの野営道具も携帯していますが、
セッティングや片付けなどの時間と労力を考えれば、
お寺の本堂などに泊めていただく方がはるかに楽なのです。

1軒目に訪ねたお寺は断られてしまいましたが、
「鏡沼」というところに釣り人などが無料で泊まる寺があると聞き、
そこに行ってみることにしました。

訳を話して宿泊の交渉してみるとすんなりOKしてくれました。
それだけでなく、夕飯もビールもご馳走してくれました。
僕未成年ですが。(^^;
言葉はきついけど心が優しそうな住職です。

食後の散歩にそこの子供が沼に案内してくれるというので自転車2台で出かけました。
ずっと独り旅している私にとって鏡沼は何とも寒々しく荒涼たる光景で、
ぼんやり眺めていると寂しさが増してきました。

すっかり陽も落ちて辺りが真っ暗になり始めたころ寺に戻ると、
境内には4,5人の人がざわざわと話しをしています。

子供が僕の耳に小声で「死体が来た!」と話してくれました。
(そうか、ここはお寺だった)とあらためて思い直しました。

死体は40代の男性で、河岸工事で生き埋めになったそうです。
見れば正面の部屋には布団が敷いてあって、顔の部分は白い布で覆われています。

でも、あれっ??
あの部屋は私に用意してくれた部屋の隣? (☉౪ ⊙)プギャー!!!!

この日は訃報を聞いて駆けつけた親戚や知り合いなどで、
夜遅くまで話し声が聞こえていました。

一方私はと言えば。。。
そんなことも忘れそうなくらい疲れがピークに達していて布団に入るやいなや爆睡。
ご馳走になったビールのせいか、夜中にオシッコがしたくなって寝ぼけマナコでトイレに。
こっちが廊下だと思って襖を開けて歩くと、敷いてある布団につまづきました。
「すみません、間違えました」そう言って逆方向の廊下からトイレに行きましたが、
トイレから戻って寝床に入った時にふと考えました。
(何で私の布団と反対向きに敷いてあるんだ?)

あっ、そうか!さっきのは死体だったんだ、ナルホド。
そしてすぐまた寝入りました。
疲労は恐怖をも乗り越えちゃいますね。(^^;

間もなく宮之上少年は日本最北端の地に!

                 つづく

[今日使ったお金]
豆パン100円、ソーセージ50円、アイス2個40円、グレープサイダー35円
合計225円
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# by ymweb | 2011-12-20 13:26 | じゃずぎたりすと物語
皆さん、たいへん長らくお待たせいたしました。

執筆中の「じゃずぎたりすと物語」は中盤から
「自転車日本一周旅行記」に変わりかけちゃっていますが、(^^;
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
まだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。

※記載してある情報は詳細に書き記された当時の日記からのものです。


「前号までのあらすじ」

1969年8月3日(日)
自転車日本一周一人旅で北を目指した16歳の宮之上少年は
初めて訪れる北海道までなんとか辿り着き、
現在は札幌にいて、泊まるところを捜し求めて中島公園のベンチに。

母の手作りの寝袋は毛布の端を縫い合わせただけのもの。
母の思いとは裏腹にとても寒くて、ベンチで縮こまってます。

その時!!


じゃずぎたりすと物語 52話 〈北海道をひた走る!〉
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1969年8月3日(日) 夜10時

ガシャ!!
すぐ隣で怪しげな人影が。。。

誰だ?! 

私と同じくサイクリストであった。
いくつもある中島公園のベンチなのに、わざわざ私のすぐ隣のベンチに陣取って
挨拶も全く無いまま暖かそうに膨らんでいる寝袋をセットしてベンチの下で悠々と寝入った。

こいつ。。。。

1969年8月4日(月)

夜が明けました。
結局この夜は寒くてほとんど寝ることが出来ませんでした。(ノ┏Д┓`)ホロリ・・・

やつはしっかり寝入っています。

6時20分。
私は荷物をまとめて出発することにしました。
札幌駅ってどんなかな。。 少し見学した後12号線をまっしぐら。
どこかでラジオ体操をやっているようです。

それにしても眠い。。。
自転車の居眠り運転をしそうな感じです (。´-д-)。o○Zzz

ところで今日は費用を安く上げようと心に誓ったのでした。
何故なら昨日は札幌ラーメン2杯という贅沢をしたからです。(^m^ )

近くの商店で20円のパンを2個買ったら、勘違いで1個25円。
ええい!面倒臭いと、結局3個も食べてしまいました。(^^;
でも飲み物はなるべく我慢しました。σ( ̄。 ̄) オイラ

国道12号線は美唄市あたりから滝川市にかけて直線区間が続きます。
日本一の直線区間だそうで、実は楽しみにしていたのですが。。。
確かに地図であるいは上空から見ればそうかもしれないけど、
実際に走ってみると道は真っ直ぐだけど登り下りがたくさんあって、
期待していたほど面白くはありませんでした。(´・ω・`)ショボーン

直線区間ともお別れで、愛車レッド号は雨竜から275号線に入った。
国道とはいえ、砂利道の部分も多くて走りにくかったけど、
風が助けてくれて、車のすれ違いの時はほこりを被らなくてすんだ。

碧水という集落の先1キロほど行った所に
「清雲寺」という保育園もしているお寺があったので,早速宿の交渉。
いつものように本堂の片隅にとお願いしたところOKの返事。
しかもお風呂と夕食までご馳走になりました。
お寺で食事をご馳走になるのは今回の旅行で初めてでした。

しばらく振りで布団で寝られてとても嬉しかった。
ここにギターがあれば最高なのに。。。

昨夜の睡眠不足があったので8時頃に寝ました。

[この日使ったお金]
パン3個75円 / 豆パン1個65円 パン1個30円 /ファンタ1本30円
サイダー1本25円 / アイスクリーム2個30円  合計255円


8月5日(火)

爆睡とはこのことでしょうか。
睡眠不足と気持ち良い布団の効果と相まって、
6時30分まで一回も目を覚ますことなくしっかり眠りました。

出発の支度をしていると、おかみさんが
「朝食を食べなさい」と声をかけてくれました。
自転車旅行は想像を絶する運動量なので、
起きている間はずっとお腹が空いていると言っても過言ではない状態。
もしほっておくと、ご飯10杯は軽くいけそうです。
16歳の宮之上少年は恥ずかしさと少し遠慮の気持ちがあるので?
ご飯を2膳いただいて、おかみさんが「もっとどうぞ」と言うのに、
心にもなく「ご馳走様!」と言ってしまいました。

出発は7時30分

私の自転車レッド号正面の荷物入れの上は
地図などを挟める透明なビニールケースになっていて、
私はAB型の几帳面さを活かして? 
走行ルートや距離と目的地を日ごとに地図で記してあります。

今日は日本海側の留萌市に出て北上するルートを取ります。

格好を付けてご飯のお替りをしなかったために、
案の定、途中でお腹が空いてパンを買う羽目になったことを除けば、
日本海に抜ける手前の峠は、風も後押ししてくれて思いのほか楽でした。

留萌市に到着。

真っ青な海!!!
気持ちいい~~~ は残念ながらすぐ終わり、
国道232号は小平(おびら)という集落から先は
非舗装の砂利道に一転です。

ガタガタと、ほこりまみれの道をひたすら北上しました。
途中、今では先ず見ることがなくなった散水車が
道路に水を撒きながら走っています。

しかし道路はすぐに乾いてしまい、
またすぐにほこりだらけになります。

走っていて印象に残ったのは、
このあたりの集落がとても寂れていることです。
その昔はニシン漁などで栄えていたのでしょうか。
道路脇の草も木もすべてほこりを被っていて、
民家は今にも倒れそうです。
狭い砂利道の国道を時折猛スピードで走る車は、
街道筋を支配しているヤクザに見えました。

途中、透浦(とううら)という集落で休憩をして
パンとサイダーを買いました。
そこの親父さんが話し好きで、
これからバスで病院に行くという子連れの女性も話に加わって、
海を見ながら思いがけず長居をしました。
女性は話に夢中でバスが来たことに気付かず、バスは行ってしまい、
親父さんがあわてて車に乗せてバスの後を追いかけて行きました。(笑)

砂利と舗装の国道をさらに北上していると
急に後ろのブレーキが効かなくなりました。
ありゃりゃ。。。
ブレーキのワイヤーが外れたみたいです。
苫前(とままえ)という町で自転車屋さんを探して直してもらいました。
有難いことに修理代を無料にしてくれました。

昼食は工藤商店というお店で「豆パン」を1個だけ買ったら、
座敷に上げてくれてお茶までご馳走になりました。

遠くに天売島と焼尻島がかすかに見えます。
景色と同様、人情もほんのり温かい感じがしました。

もう少し先に進んで羽幌という町に着いたところで今宵の宿を探しました。
海から続くなだらかな坂を上がったところに法専寺という、
ここもやはり幼稚園もしているお寺があったので交渉したところOK。
お世話になるのに贅沢は言えませんが、昨日の待遇が良過ぎたので。。。(笑)
しかしここには嬉しいことに私の泊めていただく場所にピアノがあるではありませんか。
ピアノでジャズは弾けませんが、
久しぶりに音楽に出会い、長いこと音と戯れていました。

夕食は道を挟んだところにある食堂で、
ラーメンの大盛りとソフト饅頭3個食べました。

またピアノを触ってから9時30分に寝ました。
東京に帰りたい、ギターが弾きたい。。。

明日は自転車旅行で最も怖ろしい経験をすることなど全く想像していない
少しホームシックになった16歳の宮之上少年でした。

次号〈恐怖の宿〉につづく

[この日使ったお金]

豆のパン60円、サイダー35円、ファンタ30円、
ラーメン(大)90円、ソフト饅頭3個45円 合計260円
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# by ymweb | 2011-12-16 18:28 | じゃずぎたりすと物語
じゃずぎたりすと物語 51話 〈札幌で凍死!?〉

1969年8月3日(日)

5時半に覚ましをセットしておいたので、
荷物をまとめて6時には出発の準備が整いました。

「お世話になりました!」と宿のおばちゃんに声をかけると
「朝ごはん食べて行きなさい」と言って、おにぎり3個と沢庵、そして味噌汁を出してくれました。
すっかり朝ごはんもご馳走になって、宿泊料はたったの350円でした。(^_^ゞ

昨夜の雨は止んだものの風がとても強く、曇り空の怪しい天候です。
肌寒いのでいつもの短パンはやめてGパンと長袖シャツに着替えて出発しました。

ひっくり返りそうになるほど上を見なければならないほど海岸線にまで迫り来る山、
そこにかかる滝の水はそのまま海に落ち込んでます。

愛車レッド号は強風に煽られて、思うようにハンドル裁きが出来ませんが、
迫力の雷電海岸の景観からパワーをもらって? 
ひょっとしたら「おにぎり3個パワー」かもしれませんが、
ペダルを漕ぐ足に力が入りました。

積丹半島の付け根にある岩内の街を過ぎて海岸線の景色としばしのお別れ、
半島を突っ切るために国道5号線に出ました。

16歳の宮之上少年には意地というかプライドみたいなものがありました。
そんなに大したことではないのですが、
「今回の旅行は、どんな急坂でも自転車から降りないでペダルを漕ぐぞ」というものでした。
この自分に課した公約は本日簡単に破られることになります。

「稲穂峠」

さほど高い峠でも急勾配でもないのですが、ちんたらと続く嫌な上り坂。
何でしょう、嫌いですこの峠。
かくして、今回のツアーで初めて自転車から降りて押すはめに。トホホ

峠を一気に下り、また日本海が見えてくると、ウィスキーとリンゴの街「余市」です。
今なら迷わず前者を選びますが?
リンゴもまだ時期ではなく、食べることが出来ませんでした。

天気もすっかり回復して、見たことのないような真っ青な海原が眼下に広がりました。

私を乗せた愛車レッド号は間もなく小樽市内へと入って行きます。

道路の脇から大勢の人が海を見つめています。
最初は何だか分かりませんでしたが、大海原に浮かぶ真っ白で大きな船影。
これは小樽~舞鶴を結ぶフェリーが出航しようとしているところに違いありません。


今日の目的地は札幌と決めています。
噂に聞いている「札幌ラーメン」を食べたいです。
しかし大都会に泊まる場合に心配になることは宿泊です。
ローカルな街だったら民家やお寺などの敷地にテントということも有りなのですが、
これまでの経験上、大都会ではたいていそれが出来ません。

「札幌7キロ」の標識のあるところで自転車を停めて、
料金が高いのが難ですが、安全策のユースホステルに電話しました。

円山ユースホステルでは大柄な態度で
「満室だし、予約をしていないと無理です!」

日本半周で40日以上もかかる自転車旅行では、
天候や体調のこともあるので、前もって予約して泊まるなんて無理。
しかたなくユースホステルはあきらめて市内に向かって走りました。

よっす!

後ろから同じサイクリストが声をかけてきました。
年のころは私と同じくらいでしょうか、少しにやけた雰囲気です。

聞くと私と同じく札幌で泊まるところを探しているそうです。
私の経験上から、お寺に泊めてもらおうと提案して、
二人で地図を眺めて近くの「龍光寺」に行ってみることにしました。

「ほほう、あなたは東京から日本一周!? ほほう。。。」
住職から質問がばんばん返ってくるので、てっきり宿泊OKだと思ったら、
他の寺を案内されました。((((_ ▲_|||))))ドヨーン

紹介された寺に行くと「座禅会」があるのでダメ。
また龍光寺に戻って相談したら、庭にテントを張ってOKとのこと。
ようやくねぐらにありつけると思ったらあいつが、
「こんなところなら学校の校庭の方がまだましだ!」とぬかしおった。

人間って第一印象で苦手で嫌いな人っていますね。
私にとっては彼がその人です、はい。

とはいえ知り合った同じサイクリストなので、
しばらく学校とやらを探しにまた二人で走り出しました。

「ここにしよ!」

彼が選んだのは交通量の激しい道路横の学校でした。

冗談だろ!
通行人から丸見えで車の音もうるさい。
しかもどうやって許可を取るつもりなのか。。。

私はどうにもこうにも彼の考え方に賛同出来ず、
「悪いけど俺は別行動にするわ」と言って彼とここで別れることにしました。

そんなこんなでお腹が空きました。
出発の時からこの日を楽しみに思い描いていた札幌ラーメンにしたいと思います。
「龍源」というお店に飛び込んで味噌ラーメンを注文しました。
興味津々で作っているところを見つめました。
もやしを入れると大きな火柱が上がって、想像していた通りの札幌ラーメンでした。
この後さらにもう一軒近くのお店に入って、今度は「醤油バターラーメン」を食べちゃいました。
今では考えられない大食漢の宮之上少年です。(笑)
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私は先ほどの寺の庭でテントでいいや、と思って龍光寺に戻ろうとしたら、
道に迷ってしまいました。
辺りはすっかり暗くなっていたのです。

大通り公園に来ました。

しかたない、今夜のねぐらはここでいい。
そう思ってベンチに薄いシーツを敷いて、
母の手作り寝袋(毛布の端を縫い合わせただけ)で横になりました。

しばらくして、男女の3人連れがそばにやって来て私の自転車を見つめ、
「へ~ 日本一周しているの。。。」
「でもここは人通りが多くて賑やか過ぎるから中島公園の方がいいよ」

わたしはすぐさまそちらに向かうことにしました。
時計の針は9時を回っていました。

中島公園は確かに人気はなく静まり返っていました。
早速ベンチに横になりましたが、身長より少し短いベンチはけっして寝易くはありません。
10時を過ぎて気温はどんどん下がってきました。

持って来た衣類のほとんどを着込んで横になっても、
寒さのためガタガタ震えが止まりません。

お母さん、この手作り寝袋、とても寒いです。。。。



ガシャ!!

その時、すぐ隣で怪しげな人影が。。。

                   つづく。
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# by ymweb | 2011-01-08 13:34 | じゃずぎたりすと物語
じゃずぎたりすと物語 50話

執筆の続行までおよそ1年のブランクが空いていまいましたので、
これまでの大まかなあらすじと流れをお伝えして本文に入りたいと思います。


この物語は私、宮之上貴昭がジャズギタリストになるまでの軌跡を綴ったもので、
小学校5年生(10歳)の時に兄からもらってギターに初めてギターに触れ、
ひょんなことから高校1年生(15歳)の時にジャズの音楽と出会い、
高校1年と2年の夏休みに無謀にも日本一周一人旅の自転車旅行を計画。
何を思ったのか、ジャズに大切な?「精神と肉体を鍛える」という目標であった。

高校の夏休みは40日しかないので、
いっぺんに自転車で日本を一周することは物理的に不可能なため、
高校1年の夏休みは東京から南日本を一周して、
翌年の高校2年の夏休みに北の部分を一周するというもの。

今回からの執筆はその自転車旅行記の後半部分で、
北海道に無事上陸した宮之上少年(16)は長万部のお寺に泊まって、
一路日本海側を目指すという部分から始まります。

「なぜ宿泊場所や人の名前、使ったお金などのことを詳細に記憶しているのか?」
このことをファンの皆さんから多くの質問をお寄せいただくのですが、
毎日忘れずに付けた「自転車旅行記」とその時の写真を基にしています。

このところジャズギターのことより自転車旅行記の方が重きを置いちゃっていますが、

また本題に戻りますし、これから起こる自転車旅行記のハラハラドキドキも体験談も
是非皆さまにお伝えしたいと思っています。

初めてお読みになる方はどうぞ第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/m2007-03-01/

画面をスクロールして第一話からご覧いただけますし、
続き部分は左の「以前の記事」で順番にご覧いただけます。


それでは自転車日本一周旅行中の16歳の宮之上少年、お楽しみください。
ご感想などお聞かせくだされば嬉しく思います。


【50話 長万部~雷電海岸】1969年8月2日(土)

6時にセットした目覚ましは実際に鳴ったのだけど、
どうにもこうにも起きるのがかったるい。
東京を出発して11日目。
疲れが溜まってきているに違いありません。

しかしやけに子供の声が外からうるさく響くのでまた布団に潜り込むと、
住職が部屋にやってきて「おはようございます」

しかたなく起き上がって荷物をまとめて出発の準備。
住職にお礼の挨拶をと思って探したら、寺の境内ではラジオ体操をやっていて、
住職はワイヤレスマイクを手に持って指揮官になっていました。
本堂では若い女性が4人ほど正座して何かムニャムニャ唱えています。

昨夜一緒だった650ccバイクの兄さんに挨拶して一足先に出発することにしました。

彼も同じ方向なので後から私を追い抜くはずです。

私の勘は的中したようです。
後方から重低音のカッコイイ音を立てて650ccの兄ちゃんがやって来て
「気をつけて!」と言って去っていきました。

私には自力による旅こそ最高で、エンジンで走るのは卑怯だ!
みたいな偏屈なプライドがあって、バイクを忌み嫌っていたのだが、
昨日から接している彼の温和な人柄がそうさせたのか、
(バイク旅行?それはそれでいいではないか)という気持になりました、たぶん。

朝ごはんを食べていません。
早速商店を探してパンにありつこうと思いました。
蕨岱(わらびだい)というところまで来るとようやく店がありました。
中に入るとウィンドウにパンの姿がありません。
時間が早いのでパンはまだ届いていないそうです。((((_ ▲_|||))))ドヨーン

しかたなくまた走り出すとしばらくして豊幌という集落。
ありました~店が。
大き目のパン1個とコーヒー牛乳を買ってお腹を満たしました。
いや~豊幌はいいところだ~~(笑)

さすがに北海道は広い。
一つの集落から次の集落まで行き交う車を1台も見かけないこともあります。

日差しは強いのだけど風はひんやりとしています。
よいっしょ、よいっしょ。
北海道の「くびれ」の部分、太平洋(噴火湾)から日本海に抜ける道を今走っています。

たいして高い山はないのだけど、ちょっとの上り下りでも自転車は敏感に体に反応してきます。
ペダルを漕ぐ足一つ一つに力が入ります。

ほんの少年に過ぎない私はすぐお腹が空きます。
蘭越という集落の手前で「アイスクリーム」と書かれてある幟(のぼり)を発見!
きっとパンも売っているだろうと思い、近づいてみました。

店には誰もいませんでしたし、食品らしきものもありませんでした。
私を発見した「ほっかぶり」のおばさんが裏の田んぼからこちらにやってきました。

「パンは置いていないんだよ、もしよければご飯食べていく?」

まあ何と優しいお方なのでしょう。
もちろん遠慮なくいただくことにしました。(^^;

真夏だというのにひんやりと寒いのでストーブにあたって待っていました。

「何も無いけど。。。。」

出てきたのは目玉焼きと鯨のベーコンが4枚。
優しい気遣いと3杯のどんぶり飯でお腹も心も満腹になりました。


地図によると、ここから一気に日本海に抜ける舗装道、のはず。
しかし地図の情報は間違っていて、非舗装の砂利道。
雨が降り出し風も強くなってきて道路は泥という最悪な状況。
行き交う人も車もなく、とても寂しい16歳の宮之上少年です。

それでも「進め青春!」や「男一匹ガキ大将」の歌を歌って、
雨の中、一生懸命ペダル漕ぎました。
こんな時口ずさむのはジャズではありません。(^^;

そうこうしているうちに愛車レッド号は荒波舞う大荒れの日本海に出ました。
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雨がさらい強くなりました。
店に入って30円のパンを注文してポンチョに着替えていると
お店の人が親切にお茶を出してくれました。

本来ならもう少し先まで走行距離を伸ばしたいところですが、
悪天候のためテントを張ることも出来そうにありませんので、
今宵の宿泊はこの雷電海岸にしたいと思います。
まあ予算が合えばですが。

少し進んだところに雷電温泉と書かれた宿があったので宿泊料を訊ねると、
ご主人は私の風体をしばらく見つめてから、「素泊まりなら350円でいいよ」

しめた!!

二人の若くてチャーミングな娘さんがいて話も弾んだし、
おばあさんからは焼きとうもろこしもご馳走になってすっかり気を良くして、
いつもより少し遅い10時半頃に床に就きました。

とはいえ外は大荒れの天気で、明日が心配です。
しかし明日はそんなことよりさらに大変な恐怖が待っています。

次号「札幌で凍死!?」 乞うご期待!
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# by ymweb | 2011-01-03 00:43 | じゃずぎたりすと物語
〈じゃずぎたりすと物語 49 君は何を長万部!〉
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目覚ましはどういうわけか鳴らなかったけど、
習慣から6時半に起床。
昨日の睡眠不足をすっかり解消しました。

朝ごはんを一番乗りで食べに行った。
少し予算オーバーな宿泊場所だったので、
元をとろうと?ご飯三膳と味噌汁二杯を胃袋に収めて、
宿泊料の900円をあまり感じの良くないおばちゃんに払って、
支度を整えて、そそくさと出発。

今日は残念ながら特異な形をした山頂は雲に隠れていましたが、
駒ケ岳の雄大な裾野を右に見て、国道5号を北上。
駅弁の「いか飯」ですっかり有名になった森町を過ぎると、
右手には海が広がりました。
対面の室蘭まで大きく弧を描いている内浦湾(噴火湾)です。
海を眺めながらしばらく走ると、何と何と砂利道になりました。
1級国道の5号線ですよ! 砂利??
砂利道は走りにくくて厄介なのですが、そんなことより、
5号線に砂利道があることに衝撃を覚えました。

蛯谷(えびたに)という所まで進んで昼食。
スペシャルサンドという名前のついた普通のパンを買って、
海を見ながら休憩しました。

この辺りはひなびた漁村で、交通量はけっこうあるのだけれど、
うら寂しい景色だ。

道も良くなって快適に八雲まで進んでくると、
そちらこちらにサイロのある家が多く見られます。
私は北海道の新鮮な牛乳というのを飲んでみたくて、
サイロのある家に飛び込んでみました。

ノックして出てきたのは中年の奥さんで、
突然の訪問者にも快く対応してくださり、
冷蔵庫から牛乳を持ってきてくれてご馳走してくれました。

コップの上に脂肪が浮いています。
濃い。 でも少し焦げ臭いな。。。
当然口には出さないものの、率直な感想でした。

乳を搾った後はそのまま飲むことはせず、
殺菌のため軽く沸かしてから飲むそうです。
今朝は少し沸かし過ぎたらしいということで納得。

実は気になっていた質問にも答えてくれました。
牧場の家の屋根が何故「八」の字の形をしているのか、
それは牛の餌となる牧草を蓄えておくスペースのためだそうです。
なるほど、それで屋根の部分が上に膨らんでいるのです。

目論見どおり?牛乳もご馳走になり、
ついでに元気もいただいて再び出発。

ペダルを踏み込む足も力強さが増しました。
と思ったのも束の間、
後ろを振り返るとサイクリストがピタッと着いて来ています。
私を追い越すわけでもなく、挨拶をしてくるわけでもありません。
「ヒョーッヒョ~ ヒョッヒョ~ 」
そんな奇声を発しながらペダルを漕いでいます。
パーカーで顔の上半分をすっぽり覆っているので人相がつかめません。
何なんだこいつ。。。
とても不気味でした。

国縫(くんぬい)というところまで来ると、
ひょっとすると昼食を取るためか、彼の姿は見えませんでした。

私も疲れたので商店に入って休憩を取ることにしました。
「すいません~~」
出てきたのは私と同い年くらいの女性でした。

か、可愛い。。。

ちょっと緊張してしまい、いつもより低音の声になって
「あの。。ファンタとアイスクリームください」

ジャズとギターのことしか頭にない16歳の宮之上少年。
東京に帰っても、もちろん「彼女」なんているはずもありあません。
でも、こうしてあちこちでほのかな情愛を抱くことによって、
恋愛面でも確実に大人に成長しているのかもしれません。
なんちゃって。

右手に海、左手には牧場が広がっていて、
イメージした通りの北海道らしい景色が続いていますが、
「太平洋牧場」という牧場はその広大さがとりわけ印象的でした。

長万部(おしゃまんべ)の街に着いたのは午後2時。
遅めの昼食に「大盛りそば」を食べて、
もう少し先に進むかこの街に宿泊するか迷っていました。
少し中途半端な時間なのです。

小用がしたくなり、トイレを探しているうちに、
普通の民家のようなお寺に行き着きました。
トイレを借りるついでに今夜の宿泊も頼んでみたら、
「どうぞ」と快くOKの返事。

本堂の脇の部屋に上がって荷物を降ろしていると、
お寺の住職が宿泊名簿を持ってきました。

夏休みに時期には、全国から旅行者が来て、
私のように無料で泊めてくれという人も多いようだ。

実のところ今宵の宿泊者は私一人ではなく、
昨夜から泊まっているという青年の旅人がもう一人いました。
新潟から650ccのバイクで旅行しているそうです。
少し吃音の気があるようですが、
一生懸命聞けば彼の話したいことが分かります。
あなたは何を「おしゃまんべ?」 あっ、失礼。
とても真面目ないい人でした。

長万部の名物はもちろん「毛がに」
駅を挟んだ国道沿いには
「毛がに」と書かれたのぼりを立てた店が林立しています。

私も覗いて見ることにしました。

大きさによって50円から500円まで様々の値段が付いています。
80円の蟹を買い込んで宿に戻り、早速食べました。

身の味が濃厚で、こんなに小さいのに卵(内子)も入っていて、
思ったよりずっと食べがいがあります
こうして隅から隅までほじくって80円の毛がにを堪能しました。
しばし部屋でのんびりして明日からの計画を練り、
夕食には「ときわ食堂」という店に入って
「鍋焼きうどん」を注文しました。
店が臭くって、長く待たせた上にまずかった。

【遣ったお金】 宿泊料¥900 パン2つ¥40 ファンタ¥30 
アイスクリーム2個¥20 牛乳¥27 大盛りそば¥120 毛がに¥80
鍋焼きうどん¥130 合計¥1347
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# by ymweb | 2010-01-26 22:49