宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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10 〈音楽会に出演〉

時たまテレビなどで格闘のシーンで流れてくる急速調の曲、
それが〈ウィリアムテル序曲〉というのは知っていました。
この曲をギターで弾けたら凄いかも。。。
そんな気持ちで駅前のレコード屋さんに急いで探しに行きました。

お目当てのレコードは確かにありました。EP盤でした。
しげしげと裏面に書かれた値段と説明を見て、
ちょっと高いな~~
ふ~ん。。。ロッシーニという人が作曲したのか。。。
いくつかの楽章に分かれている組曲になっていて、
僕が演奏したいのはその中の有名な部分なんだな、きっと。。。
ふ~~ん。。。

中学生の少年がクラシックのレコードを片手に、
何かブツブツ独り言を言っている様子を見て、
レコード屋のおやじはさぞ不思議に思ったことでしょう。

ともあれ無事にレコードをゲットして家に帰り、
早速合わせて弾いてみることにしました。
タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター
タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター タタタッカー・タカタッタッタ

地獄のトレーニングのお陰で、どうやらテクニック的には問題なさそうです。
しかし、きちっとした曲の構成があるので、それを把握して覚えなければなりません。
その日からまたもや押入れに入って特訓が続きます。
この狭い空間は、空気がやや薄い点さえ除けば、
雑念を一切寄せ付けないので、集中して練習を行うのに最適な場所かもしれません。

いよいよ音楽会の当日がやってきました。

クラスから2名ほどの代表演奏者が選ばれて演奏を披露することになっていますが、
そのほとんどは女生徒で、しかも楽器はリコーダーかピアノでした。
どうやらギターは私と福田君だけのようです。

ライバルの福田君はB組なので、D組の私より前に演奏することになっています。
出演する生徒は皆ステージ脇で控えていなければなりませんでしたので、
福田君の演奏はステージ横から見ることにしました。

「B組代表、福田君!」  先生が呼び出します。
学校はエレキギターが禁止だったので、福田君もフォークギターで演奏するようです。

「え~と、演奏曲は。。。〈運命〉でしたね!?」

やはりそう来たか。。。

ジャ・ジャ・ジャ・ジャーーン!

彼の滑らかな指使いはとても緊張しているようには思えません。
以前昼休みに教室で演奏していた時と同じように見事に弾きこなしていました。

はぁ~~。。。
間もなくやってくる私の番までの時間の長いこと長いこと。

それにしても何故私はクラス代表で選ばれたんだろう。
いくら友人が推薦したからといって、「代表」はないだろ。。。

そういえば、音楽の時間に「作曲」の課題があって、
作った曲を西村先生に聴かせたら、それを先生はすごく褒めてくれた。
リコーダー演奏のテストの時には、課題曲ではなく自由曲を選んで、
北島三郎の「函館の女」を吹いたら、クラスのみんなに大うけで、
「先生はその曲を知らないけど、リズムと音色がとても良かった」と褒めてくれた。
そんな布石があってこの場にいるのかもしれない。。。

「D組代表、宮之上君!」

ついにその時がやって来てしまいました。

「曲は。。。〈ウィリアムテル序曲〉?!ですね?」
e0095891_2083715.jpg

場内から少し驚きにも似たざわめきが起こりました。
学校のほとんどの人は私がギターを弾くなどということを知りませんでしたし、
だいいち、学校にいる時間が誰よりも短いために、全くもって目立たない存在でした。
そんな生徒がギターで〈ウィリアムテル序曲〉を弾こうとしているのです。

押入れの中と比べれば環境は大きく異なりますが、
それでもいつものペースで弾き始めました。

タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター

場内は静まり返っています。
福田君の視線を考える余裕もありません。
ただ一音一音間違えないように一生懸命でした。

何とか弾き終わって、一瞬「間」があってから拍手が起こりました。
この拍手の大きさは、他の人と比べて大きいのか小さいのか解かりません。
先ずは無事に弾き終えたことを満足しました。

この日も終業のチャイムと同時に家に帰ろうと教室を飛び出しました。
ギターを抱えて校庭に出たところで、3階の窓から誰かが私に向かって
大声で叫んでいます。

「お~い!ミヤノウエ!」
振り向くと
「イェィ! ウィリアムテル! ハハハ!」

褒められたのか馬鹿にされたのかよく解かりませんでした。
無視することにして学校を出ました。

翌日の昼休みに、何とB組の福田君が私を訪ねて来ました。
「宮之上君、昨日良かったよ!君上手いね~~」
ソフトな語り口と温和な態度で接してくれました。
「今度一緒に演奏しようね」

何だか福田君のイメージがそれまで思っていたものとはずいぶん違っていました。
とはいえ、やはり自分の性格もあって、クラスも違うので、
その後の交流はほとんどありませんでした。

私はまた家で黙々と〈ツィゴイネルワイゼン〉や〈トルコ行進曲〉などを題材に、
クラシックのテクニカルな部分をギターで演奏出来るように練習を続けました。

そんなある日のこと。
母が、「今夜お父さんがお前に話があるって。」
「お前の成績と高校入試のことだよきっと。」

ガーン!

一番触れて欲しくない部分でした。
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# by ymweb | 2007-04-21 18:58 | じゃずぎたりすと物語

9 〈ライバル出現〉

ジャ・ジャ・ジャ・ジャ~~~ン!! 

部屋のカーテンを開けたままだったので、
押入れから出ると朝日が眩しくて少しくらくらしましたが、
〈運命〉は一晩にして完璧に弾けるようになりました。

でも、ちょっと待てよ。。。
「押入れ」の中だったから弾けたので、外に出ると弾けないかもしれません。
一抹の不安がありましたが、学校があるので少し仮眠して、
帰ったらまた弾いてみることにします。

この「押入れ特訓」がまたもや功を奏したようで、
部屋で音量を上げて力強く弾いても、ばっちりレコード通りでした。
加えて、弦高が高くて張りの強い鉄弦フォークギターは、さしずめギターの「筋トレ」。必然的に左手の握力と、右手のピッキングの訓練を施してくれました。

こうして音感やテクニックも付いてギターが上達して、少し有頂天になっていた頃、
クラスの誰かが「B組の福田君ってギター上手いよね~~」と話しているのを聴きました。

当時でもギターを弾いている生徒が数名いて、中には私と同様に、
寺内タケシの演奏する曲を練習している生徒がいるとのこと。
その中でも飛び抜けて上手いのがB組の福田君だそうだ。

う~~ん、気になるな。。。 福田君(B組)。

彼は学校にギターを持って来て、昼休みには教室で弾いているようです。

早速偵察に行くことにしました。

上手い!!

弾いていたのは何と、私が徹夜で練習した〈運命〉でした。
さらに同じく寺内タケシの〈空飛ぶギター〉や〈津軽じょんがら節〉
これらの曲をいとも簡単に弾いて、クラスメイトを驚かせています。

私は一部の友人を除いて、ギターを弾いていることは公表していませんでしたが、
福田君の演奏を聴いて圧倒され、さらにその気持ちは大きくなりました。
同時に対抗意識がメラメラと沸きました。

私はさらにハードな練習を行いました。
弦を押さえる左の指の全ては血豆となり、しばしばそれが破けて出血しました。
そう、まさにこの頃は1日10時間くらいギターの練習に費やしていました。
学業がおろそかになるのは当然といえば当然です。
通知表をもらうたびに、成績はどんどん落ちていきました。

そろそろ高校入試の心配をしなければいけないという中学3年生のある日、
学校で音楽祭の行事があり、仲間から推薦されて出演することになりました。
どうやら福田君も出演するそうです。

寺内タケシが〈運命〉はもとより、〈未完成交響曲〉や〈白鳥の湖〉、
はたまた〈剣の舞〉などのクラシック曲を題材にしていることにヒントを得て、
私も自分でクラシック曲を選んでアレンジして、独自の演奏が出来たらいいなと考えました。
おそらくは福田君は寺内タケシの演奏曲をそのまま披露すると考えて、
私は誰も想像していなかった曲を演奏したいと思いました。

どうにもこうにも「負けず嫌い」というか「ライバル心が強い」というか、そんな私です。

音楽会で演奏するのに選んだのは有名なあのクラシック曲でした。
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# by ymweb | 2007-04-18 18:49 | じゃずぎたりすと物語

8 〈指が!〉

それまではナイロン弦で、テンションも柔らかくて弦高も低かったのですが、
購入したフォークギターは鉄弦で、テンションもきつく、弦高もえらく高いものでした。「見た目」だけで買ってしまったことをこの時につくづく後悔しました。

考えてみれば、ギターにはそれぞれ目的があります。
クラシックギターのように、単音や和音を細かく演奏するのに適しているのに対して、
フォークギターは開放弦を中心に「ジャラーン」とコードを弾く、
文字通り歌の伴奏用だ。

これまでどんな曲を練習していたかと言えば、歌謡曲からロックやクラシックまで。
それこそ巷に溢れる音楽の全て。
1日8~10時間はギターに触っていて、
ギターを弾く合間に学校に行っているという生活が続いています。

この頃までに、おおよそたいていの曲は、
耳で聴いてそれをすぐにギターで弾くことが出来ました。

しかし。。。
指が痛い!
今まで弾けていた曲も、指が痛くて思うように弾くことが出来ません。
細かいパッセージを弾けば、左手の指はそれぞれ押さえた跡がくっきりと残り、
右手の親指は腫れ上がり、程なくしてマメが出来て破れて血が滲みました。
これでは練習になりません。

話に聞いていた「ピック」を買いに楽器屋に行くことにしました。
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初めて手にした「べっ甲」柄のピックを使って猛練習の再開です。
指弾きと違い、弦の移行が難しくて練習する甲斐は大いにあります。

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド 
ドド レレ ミミ ファファ ソソ ララ シシ ドド 
ドドド レレレ ミミミ ファファファ ソソソ ラララ シシシ ドドド
ドドドドレレレレミミミミファファファファソソソソララララシシシシドドドド

私の練習方法は、他人が見れば確かに異常だと思います。
これを飽きもせず一日中行っているのです。しかも楽しんで。

学校の帰りに、ギターを弾いているという友だちが家に遊びに来ました。
最初は一緒に話をしたり演奏したりして楽しんでいたところ、
私が突然自分の練習モードに入って、友だちが来ていることも忘れて、
何時間も同じフレーズの反復練習をしていたら、
気が付くと、友だちはいつの間にかいなくなっていました。

いいのです、友だちなどいりません。
私の親友はギターです。



そんなある日のことです。
テレビを見ていると、エレキギターで日本民謡の
〈津軽じょんがら節〉を演奏している人がいました。

そう、寺内タケシさんでした。

少し「ダサいな。。。」とは思いましたが、
あまりにもギターが上手いので、
驚き見入っていました。

うん、この人は確かにギターが上手い!

彼の出演するテレビ番組は欠かさず見ることにしました。
とりわけ、夕方6時から放送している〈シャボン玉ホリデー〉には毎回出演していて、
そのギターテクニックを惜しみなく披露していました。
とりわけクロマティックで下降する「テケテケフレーズ」は驚異的で、
何とかコピーして自分も弾けるようにと、その瞬間を食い入るように見ました。
この頃に現在のような録画する技術が発達していれば、さぞ便利だったでしょうに。

しばらくしてその寺内タケシさんが、ベートーベンの〈運命〉を弾いていました。
これはかなり難しそうです。
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たまたま友人がこのレコードを持っていて私にくれました。
〈レッツゴー運命〉??
タイトルも何だかダサいです。
当時は「レッツゴー」という言葉がトレンドだったのでしょう。
今では死語ですね。

話は変わりますが、「ダサい」といえば、海外の有名なバンドの名称の前に
「東京」を付けると、たいていはダサくなりますね。
例えば「東京ビートルズ」や「東京ベンチャーズ」。

それでも地方の人にとって東京は大都会で憧れなのでしょうか。
ツアーで遠方に行った時などに年配の方からよく話しかけられるのは、
「うちの息子は東京で働いています」
それで、「東京のどちらで働いているのですか?」と尋ねると、
「大宮です!」。
「娘が結婚して東京に住んでいます」
それで「東京のどちらにお住まいですか?と尋ねると、
「宇都宮です!」
広いんです、東京って。


さて、早速寺内タケシ演奏の〈レッツゴー運命〉、
コピーにトライしてみることにしました。
もちろん「押入れ」の特訓です。

押入れにレコードプレーヤーを持ち込んで、
夕方から集中してコピーに取り掛かりました。
集中力持続疲れと酸素不足もあってか、
フラフラになって押入れから出てきたのは朝でした。

はたしてこの難曲を全てコピーして弾けるようになったのでしょうか?

〈運命〉やいかに?
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# by ymweb | 2007-04-12 18:45 | じゃずぎたりすと物語
父の実家、上馬のお婆ちゃんの家に行き、「玉電」乗って2つ目、
今は「サンチャ」と言うらしい三軒茶屋に到着。

この「玉電」、正確には「東急玉川電鉄」とか何とか言うらしいですが、
みんな「たまでん」と発音しています。

当時は渋谷と二子玉川を結んでいる路面電車でしたが、
現在ではその部分のほとんどは地下に潜り、路線をはるかに延長して、
神奈川県大和市の中央林間まで走る「東急田園都市線」となっています。
起点はもはや渋谷ではなく、
墨田区押上あたりまで延びているそうですから驚きですね。

「玉電」は木造の車両がほとんどでしたが、
時たま「新車」と銘打った丸っこい車両がありました。
この新車も、道路を往来する車やバイクなどに混じって走るわけですが、
これに乗る時は少し「未来っぽく」て?子供心に胸がときめきました。
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さて三軒茶屋に到着すると、早速楽器や巡りです。
当時も三軒茶屋は人が多く、賑わっていました。

ギターが飾ってあるお店を数軒覗いたりしましたが、
どんなギターを買ったら良いのかさっぱり解かりませんでした。
どのお店もクラシックギターやフォークギターが所狭しに並んでいますが、
目安は「見た目と値段」しかありません。
こう見えても、子供の頃からわりと良識派だったのか、
お婆ちゃんに高額な出費をさせることに戸惑いもありました。
その時、目の前に「ミドリヤ」がありました。

当時「ミドリヤ」といえば、「丸井」と並んで、
ローンでの買い物をいち早く世間にアピールした大手会社の一つです。
この中にある楽器店には、ギターの品数が豊富に揃っていました。
それでこの店で選ぶことにしました。

音色や弾き易さなどは二の次でした。
見た目で選んで手にして、音を出してみるわけでもなく、
値段の付けられた正札を見せてお婆ちゃんの顔色を伺いました。

中段の右に飾ってあるギターに目が留まりました。
¥8.500の正札の付いているフォークギターです。
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「これでいい」
手にしたものの、実際に弾いて音を出して確認するわけでもない私に、
「いいのかいこれで??」
念を押すお婆ちゃん。

おそらく頭金¥1.500を払って、残金の¥7.000を
¥1.000ずつ7回払いにしたのだろうと子供心に勝手に計算して、
お婆ちゃんに心から感謝しました。

さて帰り道は来た時よりルンルンです。

家に帰って早速弾いてみることにしました。
しかし。。。指が!!!
せっかくお婆ちゃんに買ってもらったギターでしたが、
試練に直面する大きな問題が起こりました。
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# by ymweb | 2007-04-10 18:37 | じゃずぎたりすと物語

執筆中記

〈じゃずぎたりすと物語〉

お陰さまで大勢の方に好評をいただいていますが、
一部の人から「そこまで明かしていいの?」という声もあります。

確かに過去のプライベートなことまで書き過ぎの感がありますが、
これも現在の〈ギャグギタリスト〉に至る経緯ですので、
今後もありのまま、心のままに書いていきたいと思います。

今後とも宜しくお願いします。
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# by ymweb | 2007-04-09 18:33 | じゃずぎたりすと物語