宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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15 〈値段交渉〉

どうしちゃったんでしょう。
見ると弦高が異常に高くなっていて、
12フレットの辺りは1cm以上もありそうです。
この状態で押さえて弾けば、指から血が出て当然でした。
もはやギターとして弾ける状態ではありません。
長年の酷使にギターのネックがついていけなかったのでしょうか。
ただネックが反っているという次元のものではなさそうです。

おばあちゃんに買ってもらった思い出のギターは、
もはや修理をするか、買い換えるかのどちらかでした。

実は困った気持ちの中に、いわゆるウェスやジョー・パスが使っているような
〈ジャズギター〉という楽器を手にしたいという気持ちが増していました。
小遣いプラス昼食費を浮かせて貯めた全財産が1万7千円ほどあります。
このお金で早速ジャズギターを買いに行くことにしました。

楽器、とりわけギターといえば御茶ノ水か神田。
何だかそんなイメージがあって、先ずは御茶ノ水に行くことにしました。

駅を出て少し歩くと、想像通り楽器店がたくさんありました。
道路側のウィンドウにはギターもたくさん飾ってあり、
入り口付近にも並べてあります。
しかしそのほとんどはソリッドギターでした。
店の入り口から人の頭をよけて奥を覗いてみると、 
ありました。ウィンドウの中にそれらしきギターが。

何台かジャズギターが並んでしましたが、そのウィンドウには鍵が掛けられていて、
簡単に試奏出来るような状況ではありませんが、
その付けられている値段を見て愕然となりました。

ギブソンES175が30万円!?  
ウェスの使っているL-5は60万円??
私の予算は。。。  1万7千円 ひぇ~~

これではとうてい無理だ。
他の店もいろいろ回って日本製のジャズギターも見たけれど、
ギブソンまではいかないものの、やはり最低でも10万円はしました。
高校生の私が、この先昼食費を削って小遣いに足したとしても、とうてい無理そうです。

来た時とは対照的な重い足取りで、あきらめかけて駅に向かう途中の路地で目に止まったのは、
質屋のウィンドウにビニール袋に入れられてぶら下がっているジャズギターでした。

これは中古だから、もしかしたら安いかもしれない。。。
直感でした。

恐る恐るそのギターの正札の付いている角度に回り込んで値段を覗き込むと、
2万2千円と書いてあります。

安い! けれど高い! けれど安い! ん、やっぱ高い!

そう、私の素直な気持ちです。
ギターのヘッドには〈GUYATONE〉と書いてあります。
心のどこかで「このギターはお前のものだ!」という声が聞こえてきました。

髪が薄くてメガネをかけた店主らしきおやじに値段を確認しました。
「あの~~ このギターはいくらですか」
「ここに書いてあんだろ!? 2万2千円って!」
まあ確かにその通りなんだけど、そのつっけんどんで感じの悪い言い方に腹が立ちました。
しかしここは丁寧に接した方がよさそうです。
「あの~~ このギター触ってみていいですか?」
おやじは少し面倒臭い表情を浮かべてはいましたが、
「あ~いいよ」と言ってギターをビニール袋から取り出して私に手渡しました。

簡単に音を合わせて弾いてみました。
長い間こうしてぶら下がっていたせいか、弦は錆びていましたが、
ボディも綺麗で、思いのほか体にフィットしました。
今まで弾いていたフォークギターから比べれば弾き易さは雲泥の差です。
このギターが欲しい。。。

とはいえ2万2千円の値段が付いています。
これは交渉するしかありません。
先日、テレビで上野「アメ横」の特集があって、お店の人も人間なんだから、
押しに弱いので「交渉は大胆に」というアドバイスを思い出しました。

「あの~~ このギター1万5千円になりませんか?」

少しやり過ぎだったでしょうか。
おやじはメガネのフレームの上から私を見て、「ふっ」とつぶやきました。
その後ハタキで並んでいる商品の上のほうをパタパタし始めました。
相手にされなかったのでしょうか、これはさっきまではしていなかった動作です。

はぁ。。。 ため息をつく私に、
「2万円だな!」 
ハタキのパタパタを急に止めて発言しました。
そして言い終わったとたん、またハタキをパタパタ始めました。

「このギターが気にいったんですけど、予算が足りないので安くして欲しいです。」
私は声を少し大きくしておやじに語りました。

おやじはハタキを置いて椅子に越し掛けました。
「ボクはいくら持ってるんだい?」
「1万7千円です」。
素直に財布の中身を打ち明けました。

すると
「じゃあ1万7千円でいいや、 持って行け!」

おやじは精一杯のディスカウントをして、これで交渉成立と思ったのでしょう、
またハタキを手に取り立ち上がったので、
「あの。。。 それが全財産なので、払っちゃうと帰りの電車賃がなくなってしまいます。」
「何?電車賃?」
おやじは困ったというよりはむしろ呆れた顔をしたものの、
「わかったわかった、ただし、このギターはケースは無いよ」
そう言ってギターをビニールに丁寧に包みなおしました。

やった~~!!
1万6千円になったのです。

気持ちはスキップで帰りたかったのですが、
買ったギターは透明なビニールに包まれているのでスキップの根拠も丸見え。
嬉しさの表情を人に気付かれないように電車に乗り込みました。

かくして新しいギターも手に入れましたが、ジャズのアドリブについて、
試行錯誤、暗中模索の長いトンネルをくぐることになります。

だいいち、ジャズのアドリブって何?どうなっているの?
この暗中模索の時代こそが、最もジャズの感性を培う時代だったのです。

                                      つづく
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# by ymweb | 2007-05-21 04:51 | じゃずぎたりすと物語
14 〈ウェス・モンゴメリーの衝撃〉

ジャケットには〈For Django/Joe Pass〉と書かれてあります。

今まで弾いてきたギターソロからは想像もできない音列の連続で、
心地よく心に入ってきます。

しかしどうしてこんな音を選んでアドリブすることが出来るのだろう。
どういう解釈からアドリブしているのだろう。。。

率直な疑問が沸き、情報家の阿部君にそのことを質問してみると、

「ああ、無理無理!」
ジャズは和声をきちっと勉強しないと弾くことが出来ないね~~」

なるほど確かに生意気なその軽い言い方に、
モチベーションはいきなり低下したものの、
いや、そんなはずはない、音楽をきちっと学習しなくたって、
耳と技術と感性で何とか演奏できるはずだ!
ジャズに対する興味と、何が何でも弾いてやるという気持ちは増し加わっていきました。

夜も遅くなってきたので帰ることにしましたが、
家路に着くまでの間、頭の中はさっきのジャズギターのことでいっぱいでした。


ある日のこと。
私のジャズに対する士気を削がれるもう一つの出来事がありました。
テレビで珍しく〈Make Jazz〉というジャズの番組が放送されることになりました。
私がその番組を初めて見た時は、日本のピアニストの演奏でした。

目を凝らし、耳を凝らして画面を見つめていると、
何とその人は、唸ってからよく解からない音列を弾いたとたん、
肘でピアノの鍵盤を叩き出しました。

目が点です。
全くもって理解不能です。

このことを阿部君に報告するべく、翌日にまた彼の家を訪ねました。

「あれはフリージャズといって、ジャズでも特殊な部類だからね~~」
彼は何でも知っています。

ところがです。
「でもあれはデタラメでインチキだろ??」との質問に対して、
「いや、ちゃんと和声と理論に沿って演奏しているさ」
何とも予期せぬ答えが返ってきました。

肘で鍵盤を叩く音楽のどこが「和声と理論に沿っている」だ!?
彼の言葉も信じられないし、信じたくありませんでした。
フリージャズがどのようなものかは解かりませんが、
少なくとも私の演奏したいジャズではありません。

「宮之上ね~」

「ん??」
1級下の阿部君はいつの間にか私を呼び捨てにしていました。

「最近手に入れたんだけど、このレコード知ってる?」
「ジャズにもいろいろあるからね~ 宮之上はこれがいいかな。。。」

手渡されたレコードはEP盤で、
「A Day In The Life/Wes Montgomery」と書いてあります。
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彼はそう言うと、私に渡したジャケットから中身だけを取り出して、
プレーヤーの上に小さなレコード盤を乗せました。

♪ポポポッポ ポッポ ポポッポ~ ♪

流れてきたのはタイトル曲、ビートルズの〈A Day In The Life〉でした。
何ぢゃこれは!!!

これはギターではない!
こんなサウンドがギターで出るはずがない。
何ぢゃこれは!!!

「この人はウェス・モンゴメリーと言って、親指1本で演奏してるんだよ。」

モダンなフレーズに加えて、太くて優しいサウンドは今まで聴いたことのないものでした。
それにしてもこの音色はどうなっているんだろう。。。
疑問に思ったときに

「これはオクターブ奏法と言ってね、本に書いてあったんだけど、
こんな風にオクターブを押さえて他の弦をミュートして弾くらしいんだ」

さすがに情報家である。
彼の家は、ギターを弾いていると灰皿が飛んでくる極悪な私の家の音楽環境とは全く異なり、
そもそも父親がジャズが大好きという恵まれた音楽環境にありました。
この部屋の多くのレコードも父親の持ち物かもしれません。

このウェスのレコードは衝撃でしたが、曲はポップで親しみやすいものでしたから
オクターブ奏法の練習さえすれば弾けそうな感じでした。
貯めた小遣いで同じレコードを買って、早速オクターブ奏法の練習を開始することにしました。

ところがです。

練習で弾いているうちに1時間もすると右親指は腫れ上がり、
全体に血豆になってしまいました。
さらに予期せぬ重大な事態はこの後に起きます。
何と! 弾いていたギターが!!
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# by ymweb | 2007-05-14 16:18 | じゃずぎたりすと物語
「宮之上さん!!」

よく見ると、着ている学生服のボタンも上2つが取れています。

「と、豊田駅の構内で他の学生に殴られました。」


近頃は駅の周辺で、八王子の高校生の不良グループが、
学校帰りの学生を狙って金銭を巻き上げるという事件を耳にしていました。
実際に私も、学校帰りにそのようなグループが駅の周辺にたむろしているのを
目撃したことがありました。

しかし何で阿部君は直接家に帰らずに私のところに来たのでしょうか?
確かに彼の家よりは私の家のほうが駅からは近いのですが、
どうやら理由は別にあったようです。

中学校時代から極悪だった、いわゆる「番長グループ」と私が親しかったのです。
とりわけ彼らのグループの一人とは、小さいときからの幼なじみということだけでなく、一緒に遊んだりギターを教えたりして、親友と呼べる間柄でした。

しかしこの「番長グループ」は、盗みを働いたり、喧嘩で相手を失明させたり、
行いはまさに極悪で、その名は他の学生の間でも広く知られていました。

もちろん私はその番長グループに所属してはいませんが、
ギターだけに楽しみを置いて一匹狼的に行動していたからでしょうか、
実際に番長もエレキギターを弾いていたこともあって、
「極悪」以外の点で親しくしていました。


阿部君はまだ玄関先に立ったままだったので、先ずは部屋に案内して、
私はすかさず「番長グループ」に連絡しました。
阿部君は私の番長グループとのコネクションを期待したに違いありません。
奇妙な出会いでした。

学校になど行っていない番長は、この夕方の時間でも家にいて寝ていたらしく、
私が電話で事情を話すと、眠そうな声で「誰?阿部?」
さらに他の学校の不良グループが駅周辺でハバを効かせている旨を話しました。
すると番長は、さらにかったるそうな声で「阿部って、あの1級下の奴だろ?」
「あいつはよ、生意気だから少し殴られた方がいいんじゃねーの?」

思いも寄らない番長の発言に少し驚きました。
どうやら阿部君を私より知っているようです。
とはいえ、番長は「解かった」という言葉を残して電話を切りました。

「大丈夫か?阿部君。」
心と体の傷も思ったより軽症で、部屋に置いてある私のギターに彼の視線が行き、
話は不良グループからギター談義、音楽談義に移行するのに時間はかかりませんでした。
阿部君は寺内タケシやベンチャーズはもちろん、ありとあらゆる音楽のことに精通していました。
弾いたギターの腕前も素晴らしいものでしたが、彼は噂通りの類まれな音楽情報家で、
私の知らないギタリストの名前を挙げては熱く語ってくれました。 
私はもう興味津々で彼の話に聞き入りました。

かれこれ2時間ほど経った時。

ピンポーン!

家のチャイムが鳴り玄関を開けてみると、そこには番長と仲間の2、3人が立っていました。

「捜したんだけどよ、もう駅周辺にはいなかったぜ。」

その時、たまたま買い物袋をさげた階上に住むおばちゃんが帰って来て、
風体の怪しい彼らが占拠している階段を、煙たそうな目で見ながら
「ちょっと。。。」と言って階段を上っていきました。

番長は私の連絡を受けて仲間を連れて速やかに「不良グループ狩り」に出かけたようです。
彼ら自身、八王子の不良高校生グループが以前から気になっていたようです。

とはいえ私は速やかに対応してくれたことに「ありがとう」とお礼を言って、
まだ部屋にいる阿部君を玄関に連れてきました。
軽くお辞儀をする阿部君に向かって番長はガムをくちゃくちゃ噛みながら
「あ~~べ!」とつぶやいて薄ら笑いを浮かべて彼の肩をポンと叩き、
「じゃあまたな」と私に言って仲間と去って行きました。

阿部君も落ち着いたので、そろそろ家に帰ることになりました。
そして近々彼の家に遊びに行く約束を取り付けました。

そんなに日が経たないある日のこと、
私は夕食を済ませてから、徒歩5分の彼の家にギターを持って遊びに行くことにしました。

彼の家は私と同じく多摩平の公団でしたが、テラスハウスの造りになっていました。
狭い階段を上って2階にある彼の部屋に通されました。

何百枚あるのでしょうか、4畳半の部屋に所狭しに並んでいるレコード、
そして数本のギター。
部屋中に貼ってあるいろいろなミュージシャンのポスター。。。
彼の情報はここに源を発しているようです。

彼は学年が1つ下でしたが、番長が言っていたように、
口の聞き方は確かに生意気な部分もありました。
とはいえ、好みの音楽が共通していたこともあって音楽談義に花が咲き、
寺内タケシやベンチャーズの曲を一緒に演奏して盛り上がりました。

そんな中、かねてから疑問に思ったベンチャーズの〈キャラバン〉について
彼に質問してみることにしました。

「このアドリブの部分がよく解からないんだけど、どうなっているのかな?」

彼は簡潔に答えてくれました。

「ああ、これはジャズだからね」

ジャズ!?

名前は知っていても、初めて自分から口にする言葉でした。

その後、彼はレコード棚の奥から1枚のレコードを取り出して私に聴かせてくれました。私を熱くさせたベンチャーズの〈キャラバン〉のサビのソロは、ほんの4小節の部分でしたが、
そうしたフレーズが「これでもか」と続くもので、まさに胸がときめきました

これだ!!
私の演奏したいのはこの音楽、ジャズだ!!

かくして、私がジャズギタリストを目指す第一歩となった記念すべきレコードでした。
そのレコードとは。。。
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# by ymweb | 2007-05-11 19:19 | じゃずぎたりすと物語
ひときわ大きな声で担任が 「へ~~!!」

その後顔を近づけて、私だけに聴こえるような小声で
「お前今までどんだけサボってたんだ?」

意味不明のまま席に戻りますが、
何人かの視線はずっと私の後を追っています。
手にした通知表をみんなから見られないように
恐々そっと開けてみました。

心の動揺を顔に出さないことがどれほど難しいのでしょう。
両唇は斜め20度に吊り上ってしまいましたが、ほっぺたはそのまま。
目はそのやり場に困り、通知表と机、そして前の席の生徒の背中とを行ったり来たり。

全て、そう、全ての教科が上がっていました。

音楽にいたっては、1学期は3だったのに、4を飛び越して5になっていました。
後に西村先生曰く、「5を付けない理由が見当たらなかった」そうです。
なんだか西村先生が好きになりそうでした。

※ずっと後になってから判明しましたが、
この西村先生のご子息が、渋谷にあるジャズギター専門店
〈ウォーキン〉のオーナー、西村さんです。


内申書提出の懸かった2学期の成績の目標も見事にクリア。
担任の先生から「この成績だったら入学試験は、仮に低い点数でも楽勝だろう」
というお墨付きをもらってさらに気を良くし、年が明けて入試の直前まで、
またギターに明け暮れる日が続きました。

押入れ特訓での良い成績が功を奏して、都立高校入試テストも合格して
希望する高校に入ることが出来ました。
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高校に入ってみると、ギターを演奏するという生徒も多く、
また、さまざまな音楽情報も溢れていました。
とりわけ海外ポップスのヒットランキングを紹介する番組や、
人気バンドの「ザ・モンキーズ」という番組もテレビで放送され、
音楽好きな生徒の間では、もっぱらその話題が会話の中心になっていました。

私はというと、そのような話題に入ってみんなの仲間になりたいという気持ちは少しあったものの、
ボーカルが中心でギターが前に出てこない音楽に全く興味が沸きませんでした。
しかも英語の歌詞はチンプンカンプンです。
押入れ生活が長く続き、「引きこもり」の性格を背負ったままだからでしょうか、
すっかり孤立して、相変わらず寺内タケシやベンチャーズを聴いてはそれをコピーしました。
興味のあるのはギターのテクニックのことだけでした。
何しろ上手くなりたかったのです。

自分の演奏している音楽のことや、練習して入る曲のことをクラスの生徒に話すと、
たいていは馬鹿にされてしまいました。

しかし、買い集めた寺内タケシやベンチャーズのレコードも、
聴いては一晩で全てコピーして弾けてしまい、
これもまたそろそろ興味が失せてきました。

そんなある日、まだ聴いたことのないベンチャーズのレコードを
手に入れました。
そのタイトルには〈キャラバン〉と書いてあります。
これも一晩でコピーして、自分の新しいレパートリーに加えようと思いました。
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そしてレコードに針を落とした瞬間、
エスニックなメロディと、聴き慣れないリズムに注意深く耳を傾けました。

ふ~~ん。。。 これも簡単そうだな。

ところがです。

トッチー♪♪ト・シャバダバシャバダバサバダバサバダッチー♪

ん?? 何じゃこれは??

「サビ」のほんの4小節足らずのところです。
かつて聴いたことのない不思議な音階が出てきました。
早速この部分のコピーに挑戦しました。

ひ、弾けない!!

そう、今までの練習で培ってきた私のテクニックとフレーズには
この音階や指くせはないので弾くことができません。
しかも、どうしてこのコードの時にこんな音階が出てくるのか、
全く理解することが出来ません。
何とも不思議なソロですが、気持ち良いような悪いような。
いいえ、とても気持ち良いのです。

何とかコピーして同じように弾けるようになったものの、
これは一体どういう音楽なのだろう、何故こんな音が使えるのだろうか。。。
モヤモヤした気持ちが抑えられずにいました。

そんなある日のこと。
近所に住む一学年下の阿部君が、かなりギターが上手で、
しかも音楽情報に長けているということを聞きつけました。
実は彼の顔は知っていました。
また当然彼も私を知っているはずでした。

しかし相当なギター上手で情報家と知れば、そんな彼にちゃんと会って、
ギターのことや音楽のことをいろいろ話したいと機会をうかがっていました。

その機会は、思いも寄らぬ形で突然やって来ました。


学校から帰って早速ギターを弾こうと思っていたところ。

ピンポ~ン!

家のチャイムが鳴りドアを開けると、そこに立っていたのは
何と紛れもなく阿部君でした。

「宮之上さん!!」
驚いたのは、来てくれた嬉しさよりも、その異常な状況でした。

玄関先に立っている初めてちゃんと会った阿部君の顔は、
顔面は腫れ上がり、口からいくらか出血していて涙も流しています。

「阿部君!? だよね!? どうした??」
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# by ymweb | 2007-05-08 19:09 | じゃずぎたりすと物語

11 〈受験勉強〉

両親はそれまで私に「勉強しろ」と言ったことはほとんどありません。
しかし3年の2学期もすでに始まっています。
この2学期の通知表の成績と内申書が希望する高校に提出されます。

ギターにのめり込んでからというもの、授業中は居眠りしているので、
テストの点は最悪、通知表も下がる一方でした。
両親が心配するのも解かります。
確かに学業に専念しなければならない時期でした。

その夜、話があると言っていた父は、疲れていたせいか、
予告通り早めに帰って来たものの、
結局私と顔を合わせることなく就寝してしまいました。

さすがにこの日はギターを弾く気になれず、
仕方なく机に向かっていくらか勉強することにしました。

しかし、どうにもこうにも音楽のことが頭から離れず、
集中して勉強することが出来ません。
教科書を開いて鉛筆を持っただけで、その鉛筆はドラムのステックと化し、
足は貧乏ゆすりのごとくリズムを出してしまいます。

今夜は父が寝たため、恐怖の話し合いは行われなくて済んだものの、
勉強していることを実践していないと、
こうしたビクビクした生活がずっと続くことになります。

思い出してください、父は恐い人なのです。
腕相撲は私が両腕を使っても勝てないほどですし、
ギターを練習していると「鉄の灰皿」を私めがけて飛ばす人なのです。

3学期までの辛抱ということで、仕方なくギターを弾く時間を4~5時間に減らして、
受験に備えて勉強をすることにしました。
経済的な理由もあって、目指すは都立高校です。

小学校時代は5がほとんどで、信じられないほど良い成績でした。
きっと「神童」と呼ばれていたに違いありません、うん。
中学校に入って、1年の時はまだそこそこ良かったのですが、
2年生くらいから、どこが「神童」?普通ぢゃん! という成績になってきて、
3年生の1学期はといえば、通知表を親に見せることが出来ずに、
隠してしまったほどの成績でした。

これはもう明らかにギターのせいです。
解かっているんです。
解かっちゃいるけど止められ。。。

歌っている場合ではありません。

しかし机に向かっても勉強に対する集中力が全く沸きません。
どうしたら集中して受験勉強が出来るのか考えていたところ、
ギターの置いてある押入れが目に留まりました。

待てよ。。。
ギターをあれだけ集中して練習することが出来た押入れの中、
そう、押入れに入って勉強するのはどうだろう。。。

早速押入れに入り、引いてある電球のスイッチを ---- ON。

うお~~! 何て落ち着く場所なんだ!!

そう、まさにそこは長年慣れ親しんだ集中出来る場所でした。
この日から早速この場所で勉強をすることにしました。
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当時は国語、数学、英語の主要3教科以外に、
保健体育や音楽の成績も内申書にしっかりと記録されることになっていました。

私はどちらかと言わなくても「反」理数系です。
数学は足し算や掛け算は得意なのですが、引き算や割り算が苦手です。
何だか損するみたいで嫌いなのです。

しかし体育は得意でした。
小学校の時からリレーの選手で、学校で一番足が速かったし、
中学校の時も、どのクラブにも属していないのに、
体操や鉄棒など、スポーツは半端でなく万能でした。

そんな私にとって、体育は全く問題ありません。
音楽も、先日「音楽会」にも出演したし、西村先生に作曲も褒められた。
後は歴史や譜面のことをしっかり学習すれば大丈夫かな。。。
強化学習を主要3教科に絞り込んで、集中して勉強することにしました。

そんな様子を知った母は、父にそのことを報告したようで、
それ以降、父と顔を合わせても何も言われることはありませんでした。


いよいよ大切な2学期も終業し、通知表をもらう日が来ました。
通例ながら、一人ずつ生徒を出席順に呼んで、
手渡す際に担任が余計なことを一言言います。

「石黒、もう少しだったな」
「入手、残念だな、今学期は大切なのに」
「岩沢、まあまあだな。。。」

。。。。。

とうとう私の番になりました。

「宮之上!!どうしたんだお前!!」

何だ何だ?? みんながざわめいています。


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# by ymweb | 2007-04-28 19:17 | じゃずぎたりすと物語