宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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<   2016年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

【感動ゴール!】

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」
続編を執筆再開しています。

「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。
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このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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しかしこの自転車旅行記も今回で終了です。
※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
史実通りお伝えしています。
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※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/


【感動ゴール!】

1970年9月2日(水)

部屋に泊めてくれたお兄さんが
わたしが起きたのに気づきました。

顔を洗いながらこちらを見て「おはよう!」 
その後にカーテンを開けて彼女が起きてきました。
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※写真はイメージです。

「おはよう、眠れた?」
ネグリジェ姿の女性が目の前に。Σ(゚Д゚)

16歳の宮之上少年、
目のやりどころに困りました。|д゚)
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※写真はイメージです。

二人とも仕事に出かけるようです。
わたしは二人が出かける前にお礼を言って出発しした。
今日が日本一周自転車旅行一人旅のラストランです。!(^^)!

前橋から本庄、いよいよお隣の埼玉県に入りました。
熊谷から東松山、川越から狭山湖、
そして多摩湖で県境を越えて東京都に入りました。
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帰って来たぞ~~ (^_^)/~

これまでは走ると必ず山や海に出会いましたが、
走っても走ってもずっと街なか、東京なのです。

辺りが薄暗くなるころ立川から日野橋を越えて、
わたしの住む日野市に入りました。
いよいよゴール間近です。

甲州街道を左折して家の前をちらっと見たけど通り過ぎ、
そのままゆっくり豊田駅の小さなロータリーを一周してから家に帰ります。

これは南日本を一周したゴールの時と同じです。
自分なりの「凱旋帰郷」なのです。(-ω-)/

どうしたのでしょう、
わたしの目から大粒の涙が溢れ出しています。( ノД`)

家に着きました。

南日本と北日本を100日間共に周り、
思い出も共有した愛車レッド号をしばし見つめ、
丁寧に駐輪させました。
見ればサドルはボロボロになりスタンドも折れています。
家のチャイムを押しました。


「ただいま~」



〔この日使ったお金〕 パン4個¥80 牛乳¥30 アイスクリーム¥30 
合計¥140



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【自転車旅行記を振り返って】

高校の夏休みを使った100日に及ぶ自転車旅行でした。
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美しい景色、人情、
恋もありましたしアクシデントもたくさんありました。
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お寺や神社にもたくさんお世話になりました。
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目標に向かっての達成感は半端でなく嬉しかったです。
そして強健な体力作りの源となったに違いありませんし、
根性も少しは鍛えられたかもしれません。
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反面、バイクや車で旅をしている人たちに対して、
「ふん、俺は自力の自転車だぞ!」みたいなエゴとか、
変なプライド観を養ってしまったかもしれません。
ジャズギターで例えるなら
「俺は親指一本で弾いているんだぞ」みたいな。
こういう考え方はけっして褒められたものではありませんね。
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出会う人の優しさにたくさん触れました。
しかし、それが当然のものと考えてはいけません。
最後の方は、はっきり言って甘えすぎでしたね。(-ω-)/
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タバコも吸ったしパチンコもしました。
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自転車旅行にお金はどれほど持って行ったか分かりますか?

南日本、北日本を一周するのに
それぞれ1万5千円ほどでした。

これは自分の小遣いをコツコツ貯めたもので、
親の援助は受けませんでした。
考えてみれば親も親ですね、
旅に出るのにいくら持って行くのか尋ねませんでした。"(-""-)"
しかも使い切らずにケチ作戦したのには理由がありました。
家に戻ったらジャズのレコードを買いたかったのです。
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自転車旅行の経験は良きにせよ悪しきにせよ、
現在におけるわたしの性格や行動、
音楽に反映されているに違いありません。

自転車旅行記に多くの時間を費やしましたけど、
これまで熱心に、そして楽しみに読んでくださった方々に
お礼を申し上げます。

しかし【じゃずぎたりすと物語】 まだまだ終わりません、
というか、これからが本題です。(^^♪
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また書いていきます。
引き続きお楽しみください。

宮之上貴昭



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by ymweb | 2016-06-27 18:30

【最後の難所Ⅰ・Ⅱ】

【最後の難所Ⅰ】

1970年8月31日(月)

朝7時に起きて家の方に挨拶に行くと、
そこにはオルガンがおいてありました。('_')
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もちろんギターのようには弾けませんが、
出発までの短い時間、触らせてもらって弾きました。
家路が近くなってくるとジャズのことが気になってたまりません。
ギター弾きたいです。( ノД`)

今日は峠を越えて本州を縦断するつもりでペダルを漕いでますが、
「痛い!」 Σ(゚Д゚)
湯沢町まで進んだころ足が痛んできました。
事故に遭った時に擦りむいた右足でした。

当初は擦り傷だけの外的な問題だと考えていたのですが、
打ち身もあったみたいで、今頃になって腫れ上がって来ました。
これではあまり進むことが出来ないかもしれません。('Д')

今日は夏休み最後となる31日、明日は二学期の始業式です。
ずっと自転車旅行とジャズのことしか頭になく、
学校なんてどうでも良いという気持ちもありましたが、
現実に戻ることを考えると思いは複雑です。(*_*)

そんな中、愛車レッド号は塩沢、そして湯沢の街を過ぎ、
最後の難関である越後山脈に差し掛かって来ました。
しかし右足がカクカクして痛みは限界に近づきました。

ふと道路の右手に集落が見えます。
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今日の走行はあきらめて、この辺りに宿営しようかと思います。
※日記にはこの場所が湯沢町大字神立芝原と書いてあります。

古ぼけた神社があります。
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この敷地にテントを張ろうとして、
近くで農作業していたおばさんに聞きました。

「ここにテントとか張っても大丈夫ですかね?」

そのおばさんは怪訝な顔をしてわたしを見つめ、
「そんなもんダメだ!シッシッ!」
そう言って手で迷惑そうにわたしを追い払いました。
(静かに生活しているのによそ者が来て何かあったら大変だ)
うん、わかるような気がします。('_')

半分あきらめかけて集落を出ようとした時でした。
「にいちゃん!」
隣で畑仕事をしている別のおばちゃんから声がかかりました。
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※写真はイメージです。

「家に泊まるか?」
(^◇^) 何と嬉しい言葉でしょう。

そのおばちゃんの家に上がり込み、
傷を冷やしているとワイルドなご主人が帰宅しました。
黄色いヘルメットをかぶっていたので、
土木作業の仕事をしているに違いありません。

無口なご主人は、わたしがどこから来たのか、
何しているのかまったく興味のない様子でした。(*_*;
でも黙って映りの悪いテレビを見ながら
わたしにビールを注いでくれて、
ご飯とうどんもご馳走になりました。。(^^)/

静かな山里の集落。
まだ足は痛いですけどひっそりと眠りに就きました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥35 アイスクリーム¥30 合計¥65


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【最後の難所Ⅱ】

1970年9月1日(火)
ご主人が仕事に出かける音で目が覚めました。
考えてみれば今日は高校の始業式 |д゚)
足の腫れも引いたようなので今日は走れるところまで行きたいと思います。

しかしここは越後山脈の麓、
三国峠越えが最後の難関になりそうです。

お礼を言って出発。
いきなりの急坂も自転車から降りることなく、意地でペダルを漕ぎました。

涙が出るほど辛い上り坂の連続でしたが、
やっとのことで三国トンネルをくぐり、峠を越えました。
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気持ちいい~~~
下り坂は自転車の醍醐味です。
この気持ち良さを体感するために上り坂を頑張れるのです。
厳しい練習した後にそれが実践で活用されることと共通・・・
こじつけかな(*^^*)
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こうして愛車レッド号は赤谷湖から猿ヶ京、沼田に進み、
渋川を抜けて前橋まで来たところで陽が傾いてきました。

交差点で地図を見つめていたところ、
知らないお兄さんが「どこまで行くの?」と声をかけてきました。

日本一周しているなど事情を話して、
今夜泊まれそうなところを探していると言うと、
「うちでよければ泊まんなよ!」と優しい言葉。
一緒に家までついて行きました。
そんなに広くないアパートでした。

外に出て定食をご馳走になり、部屋に戻ると若い女性がいました。('_')
どうやら彼女と同棲している様子。
当然のことながら二人は自転車旅行のことを興味深く聞いてきました。

二人が寝るベッドにはカーテンがあり、締めていましたが、
疲れていたのでガソゴソという音は気にならず?(*_*;
しっかりと寝ました。(^_^)

いよいよ明日は自転車旅行最終日、ゴールです。
ギター弾けます、両親に会えます。!(^^)!

〔この日使ったお金〕
パン2個¥40 牛乳¥35 アイスクリーム¥30 合計¥105




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by ymweb | 2016-06-25 17:51 | じゃずぎたりすと物語

【事故!!!】

【事故!!!】

1970年8月30日(日)

「起きてメシ食うべや~!」
7時10分過ぎ、おじさんの声で目が覚めました。('_')

朝ごはんをいただき出発の準備を整えて、
家族の見送りの中、新潟県・佐々木を出発。
何とお弁当まで作っていてくれました。
お世話になった佐藤さんご家族に感謝です。(^_^)/~

新発田を過ぎてさらに進み、
阿賀野川の大きな橋を越えると新潟市に入りました。
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交通量の多い街なか
信号で停まるとお店のおじさんが「どこから来た?どこまで行くの?」
愛車レッド号には「日本一周一人旅」と書いてあるので、
しばしばこうした質問を受けます。(*_*)
さらっとかわして先に進みます。(笑)

その直後でした。
路地から車が急に出て来て衝突してしましました。Σ(゚Д゚)
事故です!!!

わたしは横倒れになり、
積んである荷物が道路に散乱しました。

見ていた周囲の人たちはざわつき、
運転手が車から降りて来て「大丈夫ですか!?」
わたしを起こしました。

しばし呆然としましたけど足を少し擦りむいた程度、
幸いにもぶつかった角度が良かったのか?
愛車レッド号はチェーンが外れただけで済みました。
何のつもりか、運転手はわたしに千円を手渡し、
「ごめんね」と言って去りました。
※その後の後遺症はありませんでした。
えっ?あるって?(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

それにしても日本一周の最終段階にきて初めて事故に遭うとは。"(-""-)"
でも千円手にしたことだし?気を取り直して再び出発!(*^^*)

国道8号線に入り新潟平野を南西に進みます。
道は狭くて交通量は相変わらず多いのですが、
平坦なので比較的に走りやすくて距離も稼げそう、
事故でロスした分を取り戻したいと思います。

三条を過ぎて中之島村で小休止。
商店に入ってパン一個とペプシコーラ(大)を注文、
作ってもらったお弁当にプラスしての昼ごはんです。
商店のおじさんはお茶を出してくれて気さくに話しかけてきました。

走っている時から足が痛いなと感じていましたが、
気が付けば事故で擦りむいた足から出血していました。(;_;
40分ほど休み、タオルで止血して再出発です。

※日記にははっきりと「中之島村」と記されていますが、
調べたところ「昭和31年に北魚沼郡塩沢町と合併して消滅」とあります。
これはどういうことでしょうか?
ひょっとしたら信号名だけ昔の地名で残っていたのかもしれません。
どなたかご存知の方は教えてください。

国道17号線に入りました。
賑やかで信号の多い長岡の街を過ぎてしばらくすると、
道の脇から冷たい空気が。('_')
「風穴」です。
興味が沸いて中に入ってみると、すぐに行き止まり。
それなのに、どこからとなく冷たい風が吹いてきてとても気持ち良かったです。(気持ち悪いかもw)
※この風穴も調べましたが、どこなのか謎のままです。
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。

小千谷を過ぎるころ日も傾き、そろそろ今宵の寝床探しです。

民家の庭にテントを張らせてもらうことを考えましたが、
テントの設営には手間と時間がかかります。
寺の本堂など、屋根のある場所を借りる方が合理的でした。
もちろん家に泊めていただければ最高なのですが、
それは甘え過ぎというものでしょう。( `ー´)ノ

川口町というところまで来ると、
近くに宝積寺(ほうしゃくじ)というお寺がありました。
※北魚沼郡川口町=現在は長岡市の飛び地のようです。

宿泊のお願いをするとOKしてくれましたが、
お客さんたちが来ているので帰るまで時間をつぶしていてくれとのこと。

思いがけず千円の大金を手にした?宮之上少年の目指すは
街のパチンコ屋です。('ω')
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最初は出玉が良く、そこで止めておけば良かったのですが、
結局100円をすることになりました。(*_*;

宿泊の許可をいただいたお寺に戻り、
手作り寝袋にくるまって本堂の横に寝ました。

〔この日使ったお金〕 ペプシコーラ(大)¥60 パン4個合計¥80
グリコ・ジャイアントアイス¥30 パチンコ¥100 合計¥270



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by ymweb | 2016-06-23 23:13 | じゃずぎたりすと物語
9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」
続編を執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記は
その時に書かれた日記や写真を参考にお伝えしています。
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今回は特別に二話連続でお楽しみください!

1970年8月28日(金)

【羽越・街道をひた走るⅠ】

宿泊させていただいた上に朝食とお弁当まで用紙してくださった
本荘市下出戸の西光寺に感謝です。(^^)/
このところポンポンと良いことが続いていて恐くなります。

すっかり体力を充電して再び出発!
国道7号をひたすら南下します。
鳥海山が見えてきました。
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仁賀保町、そして鳥海山の麓の象潟(きさかた)を過ぎ、
愛車レッド号は山形県に入りました。
口ずさんでいるジャズは「テイク5」ですが、
この曲はペダル漕ぎにくいです。(^^♪

海岸線の道は思っていたほど上り下りがなく
とてもきれいです。
はるかに飛島(とびしま)が見えます。
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酒田の街に入りました。
この街は道が狭くてごみごみした感じです。
見どころはたくさんありそうですけど先に進むことにします。

昼めし時、ちょうど良いところに神社があって、
境内の木陰でいただいたお弁当を開け、
たまたま郵便配達員もここに休憩に来て並んで食べました。
不良なわたしはタバコを一服してからまた出発です。( ´ー`)y-~~

鶴岡を過ぎたころ交差点で並んだのは可愛い女子高生。('_')ポカ~ン
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少し照れくさい16歳の宮之上少年でしたが声をかけてみました。
「もう学校始まっているんですか?」
すると「はい、26日から」

Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

そう言えばわたしだって高校生。
完走することとジャズのことしか考えていませんでした。
夏休みって今月の31日まです。(*_*)
先を急ぎます。

鶴岡を過ぎるころ陽も傾いてきて
また今宵の寝床を探しながら走ります。

温海温泉(あつみおんせん)という駅に着いた時には辺りは真っ暗でした。
この街のお寺に宿泊交渉してみましたが断られて、
さらに先まで進んで小岩川というところでまたお寺に当たりましたが、
またまた断られてしまいました。(;_;

この先に進んでも泊まれる場所を確保する期待が持てないため
さっきの温海温泉まで戻って、警察署で宿泊場所の相談をすることにしました。

「名前は!? どこから来たの? 何?日本一周??」

まるで取調室です。
「かつ丼」くらい出せよ。。。(-_-)/~~
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※写真はイメージです。

相談したものの、
結局は温海温泉駅のベンチに寝ることになりました。( `ー´)ノ
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でも駅員さんから「長椅子を二つ重ねて寝ていいよ~」
優しい言葉をいただき、
ベッドのように気持ちよく寝ることが出来ました。zzz

〔この日使ったお金〕 パン合計6個¥120 
アイスクリーム2個¥20 合計¥140

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【羽越・街道をひた走るⅡ】

1970年8月29日(土)

朝4時30分、いい気持で寝ていると駅員に起こされました。
始発に乗る乗客が来たからです。
さすがにまだ眠くて、
二つ使っていた椅子の一つを元に戻してまた少し寝ました。
それでも6時20分、いつもより早い出発となりました。
これで今日は少し距離を稼げるかな、と思います。(^^)/

愛車レッド号は鼠ヶ関(ねずがせき)の県境を越えて
いよいよ新潟県に入りました。

右手前方には粟島(あわしま)見えます。
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大きなトンネルに入る手前でまたアクシデントが!

パンクです(*_*)

道路沿いの近くの家に駆けこんで水を借りて直しました。
しかしです、
肝心の空気を入れる時に携帯する空気入れの調子が良くなく、
しばらく転がして進むと、対向車線からサイクリストがやって来て、
その人に空気入れを借りて何とか事なきを得ました。

予定ではこの先「笹川流れ」という景勝地を通る予定でしたが、
聞くところによると、美しいところだけど、
道も狭くて国道を行くよりかなり時間がかかるとのこと。
パンクという思いがけないアクシデントもあったのであきらめることにします。
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※写真はイメージです。
その後ツアーで訪れた際に立ち寄りました。
のどかで美しいところでした。

いろいろあったので思惑通りの距離を稼ぐことは出来ません。
村上市の東側を通過するころ、今夜の寝床探しです。

荒川町佐々木というところで
大きな民家の庭にテントを張らせてくれと頼んだところ、
「遠慮しないで家に泊まれ」と嬉しい言葉。
この大きな家は本家で、近所はみんな分家の家らしい。(^^)/

夜は家族の子供たちや、少し気になる?高校三年生の女の子と一緒に
近所で行われている花火大会に行きました。(*^^*)

夕食やビールまでご馳走になって、この日は良い気持で11時に寝ました。

〔この日使ったお金〕 
日記に記されていないので不明(酔って寝てしまったのかもw)

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by ymweb | 2016-06-21 19:04 | じゃずぎたりすと物語
【アクシデントも何のその!?】

1970年8月27日(木)

朝6時半ころに目が覚めて朝ごはんもご馳走になって出発しました。
自転車旅行はいろいろな人たちにお世話になっているので、
感謝の気持ちをいつも忘れてはいけないなと感じます。
この民家を出発して間もなく右手には浅内沼という沼が見えます。
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国道7号線をさらに南下すると干拓が進んでいる八郎潟の残存湖が遠くに見えました。
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しかしここでアクシデントが起きました。
前後のブレーキがまったく効かないのです。('Д')
前か後ろのどちらかが効かなくなるのなら話は分かりますけど。。。
降りて調べてみるとブレーキパッドが両方とも擦り切れています。( ノД`)シクシク…
考えてみれば西日本を回って帰って来てから一度も取り替えていませんでした。

近くに自転車屋など見当たらず、
仕方なくブレーキが利かないまま進みました。
しかし主だったカーブや坂道もなく無事に秋田市内に入り、
最初に見つけた自転車屋に飛び込みました。

修理してもらっている間、昼ごはんにパンと牛乳を買って食べました。
そのお店は親切に味噌汁を出してくれました。(^^)/
自転車屋に戻ってお金を払おうとしたら「タダでいよ!」
まあ何と親切なのでしょう。(^_^)/~

再び出発!
ブレーキの利きが全然違う!(当たり前かw)
日本海の海岸線に沿ってずっと南下して本荘の街を過ぎるころ、
陽も傾き、今宵の寝床探しをしなければなりません。
また民家の庭にテント、あるいは寺にと思い、国道から少し奥に入って探すことにします。
この辺りはほんとうにのどかで田舎そのもの、美しい光景がずっと広がっています。

西目村というところまでやって来るとお寺が見えました。
が、本堂だけで住職の家が見当たりません。
近くで掃除していたおじさんに尋ねると、何とその人が住職でした。
ここは寺だけで家は3キロばかり先にあり、そこに泊めてくれるそうです。(^^♪

美味しい夕食をご馳走になり、遠慮を知らない欠食児童のわたしは?
4膳もお代わりしてしましました。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

そしてこの家にはピアノが置いてあって、久しぶりに音楽に触れることが出来ました。
とは言ってもピアノでジャズは弾けませんでしたが。(*^^*)

お風呂にも入れさせてもらい、久しぶりに爆睡することが出来ました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥28 パン2個¥40  合計¥68


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by ymweb | 2016-06-16 16:56 | じゃずぎたりすと物語
【津軽から羽後を走る!】

1970年8月26日(水)

お寺の朝は早い。
わたしは6時30分に目が覚めたけど、もうみんな起きている様子でした。
あわてて支度をしていると「ご飯食べて行きなさい!」との声。
有り難く感謝のうちにいただき、出発となりました。

大鰐町で国道7号に出ました。
周囲には湯治場が多くてとても風光明媚。
きつい上り坂も景色の美しさがペダルをアシストしてくれます。

「矢立峠」に差しかかった時でした。
道路の周りにカメラを構えた大勢の人がいるではありませんか。。。
みんな線路の方に焦点を当ててじっと待っています。
何があるのか分からず、わたしも少し待ってみることにしました。

その時!!
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何と、蒸気機関車が3台連結されて峠を登っているではありませんか!
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後にこれが鉄道ファンには有名な「矢立峠の三重連」だと判明しました。
鉄道ファンならずとも、この光景を目の当たりにすると圧巻です。

矢立峠を越えて秋田県に入りました。
疲れてお腹も減った時「佐藤商店」という看板が見えました。
「佐藤」と聞くと初恋を思い出して少しドキッとしちゃいます(^_^)/~
※バックナンバー「初恋」をご覧ください。
http://ymweb.exblog.jp/6686671/

ここで飲み物とパンを食べて、
さらに登り下りの羽州街道を米代川に沿って進みます。

ようやく能代の街に入り、今宵の寝床探しです。
能代にはお寺が集中してある町があったので、
片っ端から宿泊を頼んでみたものの、すべて断られました。(;_;
こうなれば街道脇の大きな家を探して、
その庭にテントを張らせてもらう作戦です。

「浅内」という集落まで進んだところ、大きな家が目に留まりました。
出て来た青年にテントを張らせてと頼んだら快くOKをいただきました。
こうして庭にテントを張り終えると、
そこにおばさんが帰って来て、果物をご馳走してくれました。
家の中に泊まりなさいと言われましたがそれは遠慮しました。
もうテント張っちゃったし。。。
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夕飯に大好物のカレーライスをいただき、
蚊取り線香を炊きながら寝ました。

〔この日使ったお金〕 飲み物2本¥40 パン3個¥60 
サイダー¥30 アイスクリーム¥10 合計¥140



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by ymweb | 2016-06-15 23:59 | じゃずぎたりすと物語

【青森だとへばしゃ】

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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この自転車旅行記も間もなく終焉を迎え、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思います。

※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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【青森だとへばしゃ】
(青森というのはね、の意味ですw)

1970年8月25日(火)
朝5時30分、雨が顔にあたり目が覚めました。
待合室の椅子が空いたので、寝床を移動してもう少し寝ることにしました。
外を見ると雨は本降りになって来ましたが出発しないわけにいきません、
少し睡眠不足でしたけど、ポンチョをまとっていざ出発です。
お腹が空いているので市内の商店でパンを買い、走りながら食べました。
北海道を支配していた?高い「日糧パン」とは違い、安いのが嬉しい。
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※当時の個人的感想です。

青森からは通常国道7号線をひたすら走れば良いのですけど、
地図を見ると7号線は湾曲しているので、
弘前を通らないショートカットの道を選びました。
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浪岡町に着くころには雨もすっかり上がり、
「日本の原風景」みたいなのどかな道を進みました。
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今日は睡眠不足と雨だったため疲れモード。
昼飯のパンを買った商店のご主人に
この近くでテント張れたり泊まれそうな場所を訊いたものの、
津軽弁の訛りが激しくて聴き取れず降参。(;_;
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もう少し先に進むことにしました。

愛車レッド号は「尾上町」というところに入りました。
※南津軽郡尾上町、現在の平川市です。

体力も限界に近づいていました。
テントを張る元気もなかったので、
お寺の本堂の片隅にでも泊めてもらおうと、
近くにあった「浄土寺」というお寺に飛び込みました。

クラッと来るくらい美しくてスタイルの良い奥さまが出てきました。Σ(゚Д゚)
奥さまはわたしの疲れ果てている姿を察してか、
宿泊を快諾してくれました。(^^)/

しばらくしてから大阪帰りのご住職が現れて、
行ってきたという万博の話をたくさん聞かせてもらいました。
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ご飯もご馳走になって、9時には寝ました。
何しろお寺の夜は早く、
みんな8時半には床に就いたようです(^_^)/~

〔この日使ったお金〕 ブドー入り黒パン¥40 カレーパン¥20
コーヒークリームパン¥20 クリームパン¥40 合計¥120




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by ymweb | 2016-06-15 16:04 | じゃずぎたりすと物語

【さらば北海道】

【さらば北海道】

1970年8月24日(月)

朝6時に起床。
昨日は空きっ腹で寝たので、
朝食はたくさん食べようと心に決めていましたが、
このユースホステルの朝食は袋に入った薄いパンがたった3枚と、
小学校の給食で出てくるような脱脂粉乳ミルクと
キャベツの千切りサラダが少々。
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※当時の日記の絵から。

自転車旅行を一ヶ月以上続けている
欠食児童?の16歳宮之上少年にとって、
このユースホステルは最悪でした、
ギターがあったこと以外。('_')

今日の予定は室蘭まで走ってそこからフェリーに乗り、
青森まで行きます。
(行きに函館から走った同じルートを走らなくて済む賢い選択でした。)
ここから室蘭まではそんなに遠くないので、また少し横になって、
フェリー出発の時間に合わせて出発しようと思います。

雨が降る中、国道36号線をひた走っていると
どこかで見たようなスカイラインが走って来て
わたしに合図を送っています。
まさか!!

やはりそうでした。
塚尾牧場の若旦那で、仕事で室蘭まで行くそうです。
「気を付けて行くんだぞ!」
心強い励ましの言葉をかけてもらって分かれました。

室蘭の街に到着しました。
近くで昼食のパンと船中の夕食も買いに行きました。
北海道では「日糧パン」という会社が大きなシェアを占めていて、
味はまあ良いのだけど、
貧乏旅行者にとって値段が高いのが難点でした。
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でも仕方ないので、50円のピーナッツパンと
30円のぶどうパンを買って半分だけ食べ、
残りを夕食に回そうと思いました。(;_;

室蘭港のフェリー乗り場に到着しました。
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旅で得た凄い宮之上式節約法があります。
先ずは荷台が空いているトラックを見つけます。
そして運転手にわたしを助手席に乗せて、
荷台には自転車を積んでくれるよう頼みます。
こうすることによって積んだ自転車はトラックの荷物とみなされ、
車の同乗者の運賃も無料になるのです。
つまり無料でフェリーに乗ることが出来るのです。(^^)/
※1970年の情報で、現在は違うと思います。
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このフェリーには大勢のサイクリストが乗っていました。
しかしわたしのような頭脳作戦を行っている人は。。。
いそうもありませんね(笑)
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フェリーは太平洋、そして津軽海峡に進みます。
漕がなくても進んでくれる歓び。
しっかり寝て日ごろの疲れを癒しました。
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「お~い、着くぞ!」
夜10時、運転手から起こされて甲板に出ると青森港。
「日水」のマークが赤々と海面に反射していました。
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本州に戻って来たぞ~~!!
さて今夜のネグラ探しです。

目に留まった寺を2ヵ所尋ねましたがどちらも断られ、
寒さと空きっ腹で「ラーメン80円」の看板に飛び込んだものの、
「看板に偽り有り」で、90円取られてショック!(;_;

泊まる場所がないので駅の待合室のベンチで寝ようと思い、
青森駅に向かいました。
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しかし、です、
何とベンチも始発待ちの人でいっぱいでした。
仕方なく手製寝袋にくるまって自転車置き場の横で寝ることにしました。
しかしそこにも数名、始発待ちの人が寝ている状態でした。"(-""-)"

蚊がうるさくてなかなか寝付けず、眠りについたのは1時半頃でした。
しかし本州に戻って来たので、ここからは南下するだけです。

いよいよ自転車旅行記も最終章に入ります。
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〔この日使ったお金〕 パン代合計¥110 / ラーメン¥90 合計¥200




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by ymweb | 2016-06-03 17:25 | じゃずぎたりすと物語