宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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<   2010年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

〈じゃずぎたりすと物語 49 君は何を長万部!〉
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目覚ましはどういうわけか鳴らなかったけど、
習慣から6時半に起床。
昨日の睡眠不足をすっかり解消しました。

朝ごはんを一番乗りで食べに行った。
少し予算オーバーな宿泊場所だったので、
元をとろうと?ご飯三膳と味噌汁二杯を胃袋に収めて、
宿泊料の900円をあまり感じの良くないおばちゃんに払って、
支度を整えて、そそくさと出発。

今日は残念ながら特異な形をした山頂は雲に隠れていましたが、
駒ケ岳の雄大な裾野を右に見て、国道5号を北上。
駅弁の「いか飯」ですっかり有名になった森町を過ぎると、
右手には海が広がりました。
対面の室蘭まで大きく弧を描いている内浦湾(噴火湾)です。
海を眺めながらしばらく走ると、何と何と砂利道になりました。
1級国道の5号線ですよ! 砂利??
砂利道は走りにくくて厄介なのですが、そんなことより、
5号線に砂利道があることに衝撃を覚えました。

蛯谷(えびたに)という所まで進んで昼食。
スペシャルサンドという名前のついた普通のパンを買って、
海を見ながら休憩しました。

この辺りはひなびた漁村で、交通量はけっこうあるのだけれど、
うら寂しい景色だ。

道も良くなって快適に八雲まで進んでくると、
そちらこちらにサイロのある家が多く見られます。
私は北海道の新鮮な牛乳というのを飲んでみたくて、
サイロのある家に飛び込んでみました。

ノックして出てきたのは中年の奥さんで、
突然の訪問者にも快く対応してくださり、
冷蔵庫から牛乳を持ってきてくれてご馳走してくれました。

コップの上に脂肪が浮いています。
濃い。 でも少し焦げ臭いな。。。
当然口には出さないものの、率直な感想でした。

乳を搾った後はそのまま飲むことはせず、
殺菌のため軽く沸かしてから飲むそうです。
今朝は少し沸かし過ぎたらしいということで納得。

実は気になっていた質問にも答えてくれました。
牧場の家の屋根が何故「八」の字の形をしているのか、
それは牛の餌となる牧草を蓄えておくスペースのためだそうです。
なるほど、それで屋根の部分が上に膨らんでいるのです。

目論見どおり?牛乳もご馳走になり、
ついでに元気もいただいて再び出発。

ペダルを踏み込む足も力強さが増しました。
と思ったのも束の間、
後ろを振り返るとサイクリストがピタッと着いて来ています。
私を追い越すわけでもなく、挨拶をしてくるわけでもありません。
「ヒョーッヒョ~ ヒョッヒョ~ 」
そんな奇声を発しながらペダルを漕いでいます。
パーカーで顔の上半分をすっぽり覆っているので人相がつかめません。
何なんだこいつ。。。
とても不気味でした。

国縫(くんぬい)というところまで来ると、
ひょっとすると昼食を取るためか、彼の姿は見えませんでした。

私も疲れたので商店に入って休憩を取ることにしました。
「すいません~~」
出てきたのは私と同い年くらいの女性でした。

か、可愛い。。。

ちょっと緊張してしまい、いつもより低音の声になって
「あの。。ファンタとアイスクリームください」

ジャズとギターのことしか頭にない16歳の宮之上少年。
東京に帰っても、もちろん「彼女」なんているはずもありあません。
でも、こうしてあちこちでほのかな情愛を抱くことによって、
恋愛面でも確実に大人に成長しているのかもしれません。
なんちゃって。

右手に海、左手には牧場が広がっていて、
イメージした通りの北海道らしい景色が続いていますが、
「太平洋牧場」という牧場はその広大さがとりわけ印象的でした。

長万部(おしゃまんべ)の街に着いたのは午後2時。
遅めの昼食に「大盛りそば」を食べて、
もう少し先に進むかこの街に宿泊するか迷っていました。
少し中途半端な時間なのです。

小用がしたくなり、トイレを探しているうちに、
普通の民家のようなお寺に行き着きました。
トイレを借りるついでに今夜の宿泊も頼んでみたら、
「どうぞ」と快くOKの返事。

本堂の脇の部屋に上がって荷物を降ろしていると、
お寺の住職が宿泊名簿を持ってきました。

夏休みに時期には、全国から旅行者が来て、
私のように無料で泊めてくれという人も多いようだ。

実のところ今宵の宿泊者は私一人ではなく、
昨夜から泊まっているという青年の旅人がもう一人いました。
新潟から650ccのバイクで旅行しているそうです。
少し吃音の気があるようですが、
一生懸命聞けば彼の話したいことが分かります。
あなたは何を「おしゃまんべ?」 あっ、失礼。
とても真面目ないい人でした。

長万部の名物はもちろん「毛がに」
駅を挟んだ国道沿いには
「毛がに」と書かれたのぼりを立てた店が林立しています。

私も覗いて見ることにしました。

大きさによって50円から500円まで様々の値段が付いています。
80円の蟹を買い込んで宿に戻り、早速食べました。

身の味が濃厚で、こんなに小さいのに卵(内子)も入っていて、
思ったよりずっと食べがいがあります
こうして隅から隅までほじくって80円の毛がにを堪能しました。
しばし部屋でのんびりして明日からの計画を練り、
夕食には「ときわ食堂」という店に入って
「鍋焼きうどん」を注文しました。
店が臭くって、長く待たせた上にまずかった。

【遣ったお金】 宿泊料¥900 パン2つ¥40 ファンタ¥30 
アイスクリーム2個¥20 牛乳¥27 大盛りそば¥120 毛がに¥80
鍋焼きうどん¥130 合計¥1347
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by ymweb | 2010-01-26 22:49
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〈じゃずぎたりすと物語 48 北海道初走行〉
周りがガヤガヤとうるさいので目が覚めた。
そうか、ここはフェリーの待合室だった。
出航手続きなどで人がだんだん増えてきたようだ。
柱に掛かっている時計は午前6時30分を指していた。

昨夜は、というか朝3時頃やっと眠りに就いたので、
少し朦朧としています。
今日はせっかく函館に来たわけだから
少し観光気分も味わおうと思いました。

7時頃、荷物をたたんで「五稜郭」を目指してみる。
途中道に迷い、おなかも空いたのでパン屋さんに入って昼食。
道を聞いたのだけど、店の人の説明がよく分からず、
かなり迷ってようやく到着。
早朝の五稜郭は人影もまばらで、美しい庭園のようでしたが、
歩いているだけでは特徴的な五角形の形がまったく分かりません。
それでも自転車を降りて歩いていると新鮮な気持ちになります。

9時頃まで見学してから出発。
北海道は、走行距離はそれほど問題にせず、
景色も楽しんでゆっくり走ろうと計画を立てていました。

初めて走る国道5号線を北上。
七飯を過ぎて「峠下」というところまではスイスイ走れましたが、
そこからは苦しい上り坂の連続です。
走っていると少しクラクラしてきましたが、
考えてみれば3時間しか寝ていなかったのです。

ようやく「大沼小沼国定公園」の小沼湖畔に到着しました。

美しい!

正面に山頂が特異な形をした駒ケ岳が見えます。
この周りには大沼、小沼の他に蓴菜沼(じゅんさいぬま)と、
湖沼が点在しています。
距離も近いので、ぐるっと一回りしようと思います。

小沼に沿った脇の道に入ると、最初は少しだけ砂利道でしたが、
途中から舗装になり、
鬱蒼と茂る木立の間を通る快適なコースでした。

蓴菜沼までたどり着くと、サイクリストに会いました。
私が通ってきた道があまりにも美しかったので、
彼に教えてあげて、私も一緒に今来た道を戻りました。
途中、彼はタバコに火をつけて休憩し、
私にこの辺りの地図をくれました。

大沼公園駅まで来て彼と別れ、
私は遅めの昼食をとることにしました。

駅前の店に入って玉子丼を注文。
味はまあまあでした。

美しい景色を撮るために大沼まで行きました。
この辺は観光地化されていて、
お決まりの「おでん」や「いか焼き」の旗が立っています。
あまりの良い匂いに思わずペダルが止まって、買い込みました。
しかし、おでん90円、いか焼き80円は高かった。。。

北海道を走る初日に睡眠不足ですから、
この日はこの近くにあるユースホステルに泊まろうと思い、
早速電話してみたところ、
2ヶ所のいずれも満員で断られてしまいました。
途方にくれていると、店のおばちゃんが
「湖水荘」という安い旅館があると教えてくれました。
2食付900円。
予算を少しオーバーしますが、ここに泊まることにしました。

部屋はもちろん相部屋で、後から長髪の少年と、
中国人っぽい大学生が相部屋になりました。

気取り屋な私は、この時は彼らと一言も話しをしませんでしたが、
夕食後にひょんなことから話して急に親しくなり、
どこから着たとか、何をしているとか、8時過ぎまで話し込みました。

しかし睡眠不足の私は彼らより先に布団に入り、
9時頃には寝てしまいました。

【遣ったお金】 パン3個¥65 アイス¥10 電話代¥40 絵葉書¥100
切手¥35 牛乳¥30 玉子丼¥150 いか焼き¥80 おでん¥90
合計¥600

写真:大沼国定公園
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by ymweb | 2010-01-23 05:25 | じゃずぎたりすと物語
〈じゃずぎたりすと物語 47 北海道初上陸!〉

朝6時に起きて、テントの中で荷物を整理していたら、
家の子供が来て、「はい」と言ってトマトを2個くれた。
「ラジオ体操に遅れるぞ!」と言っても彼らは行かなかった。
黙々と片づけをしていると、ラジオ体操が終わったらしく、
昨日の子供たちが大勢やって来た。

「あれ~っ??」
その日に必要な経費を入れておく小銭入れに
お金を入れようとしたら、
元の財布自体が見当たらないではないか。
ひぇ~~ 

ひょっとしたら、
昨日野球した場所に落ちているのではないか。。。
子供たちに手伝ってもらって、庭一帯を探してもらった。
私はもう一度テントの中を捜すと、コトっと音がして、
財布はテントをしまう袋の中から出てきました。
いや~焦ったのなんのって。。。 
一時はどうなるかと思いました。

財布はなくしたものと思って、
手伝ってくれた7人の子供たちに
100円渡して10円のアイスを買ってあげることにしました。
お釣りをもらうはずが、
お金を渡した子供がそのままソロバン塾に行ってしまったため、
30円パーになりました、ガク。

テントもたたんで荷物を自転車に積んで出発の準備が整い、
中川原さんにお礼を言って行こうとしたら、
「よかったら朝ごはん食べて行きなさい」
すっかりご馳走になって、記念の写真を撮られてから出発。
※前回46号に載せた写真がこの時の写真です。
後に中川原さんから送っていただいたものです。
実は北海道旅行中にカメラを落としてしまいましたので、
この写真は特に貴重なものとなっています。

今日の目的地、初めて訪れる北海道に向けて国道4号をひたすら走る。
三戸を出発して五戸を通過、十和田の街に入った。
この辺も上り下りが多くて、自転車にとってはけっこう厳しい。

ところでこの辺りには何故「~戸」(へ)という地名が多いのだろう。
後に調べてみました。

■平安時代後期の奥州藤原時代に、現在の青森県東部から岩手県北部にかけて糠部(ぬかのぶ)郡が置かれました。さらにそのなかを9つの地区に分けたときに、一戸から九戸の地名が付けられました。この場合の”戸”は”部”、つまり、”○○地区”くらいの意味でしょう。”七戸(しちのへ)”なら”第7地区”という意味になります。ほか、”戸(へ)”の意味については、「牧場の木戸のあった場所」、とか、「蝦夷(えみし)平定の際に残した守備兵の駐屯地〔柵戸(きへ)〕」など、いろいろな説があります。
(青森県史ホームページより)


だそうです。
疲れるので深く考えるのはやめました。(笑)

七戸の小さな街並みを通過してしばらく走ると、
道はなだらかな下り坂が多くなって、
海が近くなっていると感じます。

青森県陸奥湾は「W」の形をしていて、
夏泊半島を凸部にして、右の凹み部分にあるのが野辺地町、
そして左の凹み部分が青森市です。

私が選択した本州~北海道~本州のフェリーの行程は、
行きは野辺地から函館、帰りは室蘭から青森に渡るコースです。
こうすることによって、同じルートの重複を免れるだけでなく、
時間的にも大きな節約になるのです。

とはいえ、野辺地~函館の便は1日3本だけです。
フェリーの出航時間までは調べられなかったので、
直接フェリー乗り場まで行って確認しなければなりません。
もし時間的に合わなければ、青森までさらに50キロほど走って、
そこから乗らなければなりません。

さあ、その野辺地までやってきました。
目の前は陸奥湾の海が広がっています。
早速フェリー乗り場へと急ぐことにしました。

何とも小さな木造のフェリー待合室。
時刻表を見ると、
函館行きフェリーは17時30分出航と書かれてあります。

所要時間は4時間40分となっているので、
函館到着は10時過ぎです。
現在の時刻は3時少し過ぎですから、
まだ時間に余裕がありましたが、
早めに到着したトラックや自家用車は
窓口に並んで出航手続きをしています。

ここで私が考えていた作戦を行使しようとたくらみました。
トラックの荷台に自転車を載せてもらう作戦です。
こうすれば自転車は「荷物」として扱われるので
お金がかかりません。

荷台が空いているトラックを探していたところ、
到着したばかりの小型トラックの荷台に十分なスペースを発見!
車体には「茨城研究所」と書かれてあります。
何を研究しているのかよく分からないけど、
待合室から出てきた少しヤクザっぽいオヤジに声をかけた。

「あの~もしよければ荷台に自転車を積んでいただけますか。」
こっちの顔を見ると
「俺は社長だぞ!」
ん?・・・・
はっきり言って品というものは全く感じられず、
頭も悪そうです。

「んだから~ 社長なんだよ。」と言って名刺を差し出した。
ん?・・・
「ああ、そ、そうですか、載せてもらえますか?」
「480円だかんな、金よこせ!」
あれ~~社長だろ、社長。。。。

細かいのがなかったので1000円を渡すと、
「んぢゃ、ちょっと待ってろ、今話してくっからな」
そう言うや受付窓口に行って何やら交渉しているようだ。

「同乗者は無料ですから・・・」
受付の女性の声が聞こえた。
どうやら一緒に乗っている人の渡航料金は無料らしい。
しかし彼が戻ると
「500円だけ返してやっからな、ほれ」

あれ~ せこいな~~
でも、本来なら渡航料は自転車と人で700円なので、
それでも200円安いから我慢することにした。

周りの人に名刺を配っては「俺は社長なんだ」と言っています。
一体何者だろう、馬鹿かこの人。
渡された名刺を見ると「茨城研究所」とあって、
住所があって、名前の前に「取締役社長」と書かれてあります。
しかし解せない。
研究所だったらたいていは「所長」だよね。
それに「茨城研究所」って何だ??
普通は「茨城○○研究所」となっているはずなのに、
茨城の何を研究しているんだろう。

フェリーに乗っちゃえばずっと一緒にいなくてもいいわけだし、
先ずは愛車レッド号を荷台に積むことにした。
すると、車の中からひょいと会釈をした少年がいた。
人のことは言えないけど小汚い格好の少年だった。
奇遇なことに、彼は高校三年生で無銭旅行中。
たまたまこのトラックに載せてもらったそうだ。
16歳の宮之上は「カッコ付け少年&ニヒル気取り」だったので、
こういう人と親しく話をしないようにしました。

出航までの間、美しい陸奥湾を眺めて北海道に思いを馳せていると。
例の社長が地図を持ってやって来て「どこを通って来た?」
話しなどしたくなかったけど、すっと4号線で来た旨を話すと、
「おお、ここな!」と言って陸中海岸沿いの道を指で辿っていました。
どこまで馬鹿なんだろう。。。

その後に信じられない光景を目にします。
吸い終わったタバコの空き箱を海に投げ捨てました。
それだけではなく、
ポケットに入っていた紙ゴミもポイポイ捨てています。

「せっかく綺麗な海なのに!」
少し恐かったけど、投げ捨てるように吐いて待合室に戻りました。

フェリーが到着してトラックに乗り込み、乗船です。
隣には無銭旅行もいます。
エンジンをかけた瞬間から
8トラックテープで演歌を大きく鳴らしています。
うわ~ 勘弁してよ。

初対面から拒否反応を起こして、
絶対に親しくなれない人っていますね。
節約のために声をかけたのが間違いでしたが、彼がそれ。
世の中で最も嫌いなタイプです。

それほど大きくないフェリーでしたが、
ペダルを踏まなくて進むのが嬉しい。
船室に入ってくつろぎ、美しい海の夕日も堪能しました。
私と同じく自転車で日本一周をしている青年にも会いました。
大学生で大阪から来ているそうです。

東京を出発して8日目に北海道上陸です。
お父さんお母さん、そして弟は元気にしているのでしょうか。

あの馬鹿野郎のことを考えてあまり眠ることが出来ないまま、
「間もなく函館」との船内アナウンス。
仕方なくまたヤツの車に入って荷台の愛車レッドと共に下船。
函館港に降りたところで「ここでいいです」
馬鹿トラックは無銭野郎と共に北海道の暗闇に消えて行きました。

さすがに北海道。
夜も11時になると肌寒い。
しばらく街に向かって走ったが、
こんな夜遅くに宿も見つかるはずもなく、
フェリーの待合室に戻って、そこで一夜を明かすことにしました。

ちょうどいい具合にソファーがあったので、
その一番奥に横になることにしました。
12時に売店でうどんを注文して食べました。
わりと量があったので、おなかは少し満たされました。
さてこれで気持ちよく寝れる。。。 と思いきや

「ヒュルヒュル~ズゴゴ~ン!!」
「バキュ~ン ウォ~ン バギャ~!!」

ゲームの音です。
せっかくいい気持ちでうとうとしているとこの爆音が。
朝の便を待っている客が退屈しのぎに遊んでいるのです。

置いてあるゲーム機も商売だろうから文句も言えず、
ひたすら爆音を我慢しました。

ゲーム機によって爆音度が違います。
1位「西武」 
2位「ミサイル」 
3位「レーサー」
4位「玉のゲーム」
※順位は実際の日記をそのままに写しましたので、
これらが一体どんなゲームだったかは不明です。(笑)

でも、ゲームをやる方もやる方だよね。
すぐ脇で人が寝ているんだから。
優しさというか、思いやりがないよね。

寝るに寝れない苛立ちが頂点に達した午前3時
「お兄さん! 休んでいる人がいるから、もう」

売店のおばさんだった。

この一言でピタッと静かになり、
ようやく眠りに就くことが出来ました。

おばさん、ありがとう!!   ZZzzz…

次回 北海道の大自然満喫の旅 乞うご期待!
                          つづく

【遣ったお金】 アイスクリームご馳走代¥100 パン計5個¥100 サイダー計2本¥70 うどん¥50 フェリー代¥500 合計¥820 

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by ymweb | 2010-01-19 06:26 | じゃずぎたりすと物語
〈じゃずぎたりすと物語〉

【これまでのあらすじ】
※長い間執筆を中断していたので、
  読者の皆さんに途中からでも分かるように、
  とても大雑把ではありますが、
  ここにこれまでのあらすじを記します。

10歳の時に兄からもらったギターを初めて手にした宮之上少年は、
その後練習を積んで中学の音楽会に参加し、独自にアレンジした
〈ウィリアムテル序曲〉で学校中で大好評を得る。

15歳の時に初めて聴いたジャズのレコードで目覚め、
毎日10時間の練習をこなし、ジャズギターの道まっしぐら。

そんな中、兼ねてから趣味だったサイクリングが加熱し、
ジャズのためにも精神と根性、肉体を鍛えるべく目標に置いたのは
「自転車による単独日本一周旅行」。

しかし高校の夏休みは40日しかないので、
一気に日本一周するのは物理的に不可能。
そこで一年の夏休みに南日本を一周し、
二年の夏休みに残りの北日本を一周、
そうして半分ずつ回ることに決めた。

とはいえほんの少年にすぎない宮之上が旅で遭遇するのは、
初めて訪れる美しい景色や接する人々の優しさ、
嬉しい楽しいことだけではなく、始終危険と隣り合わせ、
時には命の危機にもさらされるハプニングもあって、
まさにハラハラドキドキワクワクの連続です。

現在16歳の宮之上少年は日本一周旅行・北バージョンの7日目、
岩手県の盛岡を過ぎて、
途中で知り合った日当君という同じサイクリストと共に、
沼宮内のお寺に泊まりました。

〈じゃずぎたりすと物語 46 さらば友よ〉

ギターの中は暖かいと思ったら、F字ホールがあるので隙間風が吹いて寒い。

コケコッコ~ッ!
うう、さ、寒い。。。

変な夢と、けたたましく鳴くニワトリの声、
そして寒さと喉の渇きのために起き上がったら5時半。
昨日知り合った日当(ひなた)君はまだ熟睡ムードだ。

私は出発の荷を整えて、6時になったところで彼を起こしました。
記念に一緒に写真を撮って、彼の支度も手伝うと、
出発は7時頃になりました。

国道4号を彼の自転車と連なって走りました。
後ろを走る彼の自転車には鍵に鈴が付いていて、
道にでこぼこがあると、時たまチリ~ンと涼しげな音がします。
この音が聞こえるので、後ろをいちいち振り返らなくても
彼との距離感を把握することが出来ます。

朝食は小鳥谷(こずや)というところにあった商店に入って、
パンと牛乳を買ってベンチに腰掛け、二人揃って食べました。

自転車旅行の難関は「峠」と書かれた地図上の文字です。
これから「十三本木峠」と地図に書かれた場所を通過します。
しかしこれまで日本の屋根「北アルプス」をはじめ、
幾多の峠を超えてきた私。
これくらいの「等高線」は何てことないはずです。

えっさえっさ、ほいさ、チリ~ン ほいさ。。。 チリリ~ン
日当君の自転車の鈴の音も頻繁に鳴っています。

地図で調べてみると、
この十三本木峠は二段階に分かれているようで、
峠を二つ越す必要がありました。
ちんたら続く上り坂の連続は、
宮崎県にあった「宗太郎峠」を思い出しました。
※ 25話〈四国上陸〉を参照ください。
http://ymweb.exblog.jp/m2007-11-01/

しかし下り坂では自転車旅行の醍醐味である、
素晴らしいダウンヒルを楽しむことが出来ました。
後ろに続く日当君の鈴の音も軽やかに鳴り続けています。

気持ちの良い下り坂も終わり、流していた汗も乾いたころ、
金田一村に入る少し手前の商店に入って、私はファンタ、
彼はパインジュースを注文して、ここで少し休憩することにしました。
というのも、昨日から一緒だった彼とのお別れが近いからです。

ウニやアワビの豪快な食べ方や水産高校のことなど、
興味深い話を熱く語ってくれた日当正人君。
君とは心から打ち解けて親しくなることが出来ました。

国道395号線との分かれ道、右「久慈」と書かれてある交差点。
いつかまた会おうと約束してここでお別れです。
お互いに大きく手を振ってそれぞれの道を進みます。

私はそのまま国道4号を進みますが、
さっきまでの鈴の音はもう聴こえません。
とても寂しくなりました。

※あれから時を隔てた現在。
彼はどこで何をしているのでしょうか。
元気なのでしょうか。。。

愛車レッド号は岩手と青森の県境の峠に差し掛かりました。
環境はたいていが峠になっているので、
別の県に入る喜びは自転車にとって苦しみでもあるのです。
やはりこの県境の峠もきつかった。。。

走行距離は少し短いけれど、そろそろ宿の準備が必要です。

右「八戸」と書かれてある標識のあるところまで来ると、
田んぼの仕事で一休みしているおばさんがいたので、
「この辺に泊まれそうな場所はありますか?」と訊ねると、
「お宮が近くにある」とのこと。
早速そのお宮に向かってみたが、こりゃまずい。
気持ち悪い場所にあって、いかにも「出そう」だ。
ここにテント張るのは絶対に嫌だったので、
仕方なく上り下りの国道をさらに北上して、
三戸郡扇田というところまで来ました。

近くの民家に「この辺にテント張れるような場所があるか」と訊ねると、
「そこに大きな家があるから行って頼んでみなさい」とのこと。
中川原さんという家の庭にテントを張らせていただくことになりました。

中川原さんの奥さんは気さくで優しい感じ。
家の子供たちも出て来て、私のテント張りを手伝ってくれました。
私のことが珍しいのか、小さな子供たちも大勢やって来て、
すぐに打ち解け、一緒に庭で野球をしました。

何やら木の実を取ってきて「食べて」と言って近づいてきます。
「すぐり」と呼ばれる実で、甘酸っぱくて爽やかな美味しさでした。
(後に調べると、ユキノシタ科の落葉性の小木の実だそうです。)
さらに「ハタンキョウ」という実を持ってきて食べさせてくれた。
知らない名前の果実でしたが、これはほとんどプラムでした。
(後に調べると桃の近縁でトガリスモモと言うそうです。)

テントを張った庭のすぐ先には清水も湧いていて、
どうやら素晴らしいところに今夜の宿を設営したらしい。

さて明日は東京を出発して8日目。
いよいよ北海道に入ることが出来そうだ。

しかし順調ならば、だが、明日からまたとんでもない人に出会い、
そして北海道上陸の日に最悪な一夜を過ごすことになろうとは。。。

                                  つづく
【遣ったお金】
パン3個 牛乳1本 \105
ファンタ2本 \60 アイスクリーム \40
合計 \205
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by ymweb | 2010-01-13 05:56 | じゃずぎたりすと物語