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宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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35 「アルプス超え」

「貴昭はギター弾くんやったな?! 上手いんやろ?」

いろいろなことがあって少し忘れかけていた「ギター」というキーワードに、
思わず体もピクッと反応してしまいました。

「ギターがどうした??」
通弘の親友で広田君というギターが上手なのがいて、
昨日私のことを話したら、是非家に遊びに来てほしいと言っていたそうだ。
早速二人で彼の家に行くことにしました。

途中おなかが空いてきたので、学校帰りに通弘がよく行くという
「お好み焼き屋」さんに入りました。
実はこのとき私は生まれて初めて「お好み焼き」というものを経験したのです。
おばちゃん一人でやっている小さなお店でしたが、
キャベツに紅生姜や天かす、玉子などを小麦粉で溶いた汁でかき混ぜて焼く、
そんなスタイルでした。
嬉しかったのは値段です。
ボリュームがあるのに、たった30円でした。
通弘がちょくちょく学校帰りに寄るのも納得です。
こういうお店が東京にも欲しいなと思いました。

おなかも一杯になったところでまた自転車を走らせ、
川のすぐそばにある広田君の家に着きました。

すでに庭の方からギターの音が聞こえてきます。

「お~いっす!!」
慣れている通弘が垣根の横から庭に入り、私に指で「おいで」と合図しました。

「ほら、昨日話した貴昭。」

細身で長身の広田君の目は優しくて表情も笑顔で溢れていたので、
初めて会ったにもかかわらず、すぐに打ち解けて仲良しになりました。

しばらくは広田君の演奏に聴き入ることにしました。
使っているギターはフォークギターでしたが、フォーク以外に、
クラシックやポップスなどの曲をいろいろ弾いてくれました。
毎日練習しているのでしょうか、とても上手です。

「ねえ、弾いて弾いて!!」
もちろん遠慮しないで触らせてもらうことにしました。

例によって、みんなが知っていそうなポップスや歌謡曲から弾き始めて、
次にピックを使ってベンチャーズや寺内タケシで テケテケテケテケ
そして演奏はもちろんジャズにと発展していきました。
短い時間にこれまでの私の音楽のダイジェストです。

「よしあきさんは上手だね~~~」
広田君のこの言葉にますます気を良くして弾き続けます。

広田君と通弘から「飽きた」という雰囲気は感じられません。
もしそうだとしても、もっと弾いていたいのでほっておきたいと思います。

「いらっしゃい!」
広田君のお母さんがスイカを切って持ってきてくれました。

しばし休憩をしていると通弘が突然、「泳ごうか!」
そう言ってシャツを脱ぎ始めました。
広田君も「お~っしゃ!!」と言ってシャツとズボンを脱ぎ始め、
二人ともパンツ一丁になりました。

どうやら裏の川で泳ぐようです。

「ほれ貴昭も!」

二人の暗黙の了解に圧倒されて、私もズボンとシャツを脱いでパンツ一丁になって
彼らの後に着いて行きました。
草むらを30歩も下れば、そこには幅が10メートルくらいの川が流れています。

みんな一斉に飛び込むように川に入りました。

川で泳ぐということ自体、私にとって生まれて初めての経験です。
水は青く透明でした。
流れもあるし、いきなり深いところもあるので実にスリリングです。
潜ると小さな魚も見えました。

「うあっ!!蛇だ!!逃げろ~~!!」
私の真横を茶色の蛇が平行して泳いでいます。

水をかけ合ったり、水中で3人一緒にでんぐり返りをしたり。。。
考えてみれば年上の私でさえ15歳、彼らはまだ中学2年生。
はしゃぎたい盛りでもありました。


かくして、居心地の良い高山におもわず3日間も滞在しましたが、
いよいよ出発の朝が来ました。

「日本の屋根」と称される北アルプス越えの試練が待っています。
この厳しい行程は旅行計画を立てている時から覚悟していました。
しかしここでしっかり充電して十分活力を得たので元気一杯です。
今までのように弱気にはなりません。

そんな時おばちゃんが一言。
「兄さん呼んで途中まで送っていってもらうか??」

ひぇ~~~!! それは勘弁してください!!!
大丈夫です、行けます一人で!

玄関先には通弘と康宏、そして広田君も駆けつけていています。

「さようなら!」
愛車レッド号にまたがり、思い出の飛騨高山を後に、いざ出発!

えんやこら えんやこら。。。。

街を出るとほどなくして、ちんたらと上り坂が続きます。
覚悟していた通りです。

しかしこの上り坂が、峠に近づく頃には非舗装の砂利道になってさらに傾斜を増し、
長野県の県境の「安房峠」まで48キロ続きます。
そう、48キロも上り坂が続くことを考えるだけで気が遠くなります。

えんやこら えんやこら。。。。
まだ道路は舗装してあるというのに、坂がいくらか急になるだけで、
ペダルを漕ぐ力が負けてしまい、自転車を降りて押さないと進めません。
次のカーブを曲がり終えたらまたすぐに次のカーブが見えてきます。
少し道がなだらかになったらペダルを踏んで、また降りて押して。。。
峠までは確かに気が遠くなるような道のりです。

これって、ギターの練習にも同じことが言えるかもしれません。
難しいフレーズをどこまで同じ演習を繰り返したら弾けるようになるのか、
練習している時にはまるで先が見えません。

自転車旅行の楽しみが、ようやく登りきって峠を越したダウンヒルにあるとすれば、
ジャズギターの楽しみは練習したフレーズがしっかり身に付いて、
スムーズに弾けるようになることかもしれません。
どちらの場合も、近道はありません。
堅実に一歩一歩踏みしめて歩まなければならいのです。

えんやこら えんやこら。。。。

そんな偉そうなことを考えて気を紛らわして進んでいると、
ようやく第一の難関の「平湯峠」に着きました。
ひんやりとした空気が気持ち良い。
それもそのはず、標高はなんと1.684mです。

「平湯館」という老舗っぽい旅館の前でしばし休憩しました。
玄関先にはこの辺に出没したのでしょうか、小熊がつながれていました。
近くにある「平湯大滝」で、観光客に記念スナップを撮ってもらった。

北アルプスを越えるためには、さらにもう一つの峠を越す必要があります。
それで勢いと気力が残っているうちに再び出発!

束の間の下り坂の気持ち良さを経験するも、せいぜい額の汗が乾く程度。
道幅は急に狭くなって、道路は非舗装の砂利道になりました。
もはやペダルを漕いでは進めません。
私の両足はすでにパンパンで膝もガクガクし始めました。

悪魔の坂は、峠が近づくにしたがって自分の時の短いことを知り、
最期のあがきを始めたようです。
時たま通る車の土ほこりも進行の妨げに拍車をかけます。

次のカーブで峠かな。。。 違ったな、では次かな。。。
期待と失望の連続です。

気のせいか、次カーブの先がいくらか明るく見えます。
何か書いてある標識が近づいてきます。

「安房峠・標高1.790m」 「長野県」

やった~~~~!!!!!!
ついに日本アルプスを越えたのだ!

ここからはずっとダウンヒルが続き、安曇野の里を軽快に疾走して松本に到着、
さらに塩尻まで南下しました。

アルプス越えでかなりの時間を費やしたため、日もずいぶん傾きました。
そろそろ今夜のねぐらを探さなければなりません。

その時、ある光景を見た瞬間、私の目から涙が溢れ出しました。
道路標識には「国道20号」と書かれているではありませんか。
我が家のすぐそばを通る20号線、そう、甲州街道です。

順調であればこの自転車旅行も今夜が最後で、
明日はいよいよ家路に着くはずです
岡谷市街まで進んだところで国道横にお寺を発見。
ご住職に事情を話して本堂に泊めていただくことになりました。

いよいよ明日、お父さんやお母さんたちの顔を見れると思うと、
心がうきうきしてなかなか寝付くことが出来ないかな。
これまでの自転車旅行のことが走馬灯のように駆け巡る。。。
と思いきや、あまりの疲労感で爆睡しました。

いよいよ次回「最終自転車旅行記」 乞うご期待!

                           つづく
写真 平湯峠・平湯大滝
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by ymweb | 2008-05-25 04:25 | じゃずぎたりすと物語
34 〈恐怖の「んほほ」おじさん〉

青い小型トラックは私を通り越したところで急停止しました。
そしてまたキキーッと勢いよくUターンして反対車線の私のすぐ横に車をつけました。

「よしあき君か?? そうじゃな!?んほほ。」

何だ何だ??
知らないおじさんが運転席の窓から私に声をかけました。

「弘子の義理の兄じゃよ。ほほ。」
「連絡があっての、迎えに来たんじゃ。んほほ。」

どうやら体調不良を心配した弘子おばちゃんが迎えをよこしたらしい。

「ほれ、自転車を荷台に積みなさい!」

昨日の夜はえらい目にあったのでほとんど睡眠が取れず、
体調も最悪だったので、これはまさに地獄に仏。
言われたとおりに愛車レッド号を荷台にくくり付けて、私は助手席に座りました。

「はじめまして!よろしくお願いします。」
そう挨拶すると、おじさんは「んじゃ行くか、んほほ。」と言って走り出しました。

車の中でいくらか寝れて休めると思った期待はすぐに消し飛ばされました。

「よしあき君は ほほほ、旅に出てどのくらいになるのか?んほほ。」
キーーーーーーーーーッッ!!
「あんたのお父さんはよく知っておるんじゃがな。んほほ。」
キーーーーーーーーーッッ!!

スピードメーターは直線で90キロを越えています。
ひぇ~~ 助けてくれ~~ 恐~~~い!!!!

この地域では「全てのカーブでローリングしてタイヤを鳴らさなければならない」
こんな法規でもあるのだろうか。

(降ろしてくれ~~~~~~)

途中、父の生まれた神岡の街を通ったはずだけど、
感慨に浸るそんな余裕など全く無いまま、車は飛騨古川から国府を経て
あっという間に高山の街に入って来ました。

おじさんの運転もおとなしくなりました。
おじさんはどうやら山道で燃えるタイプのようです。

荷台を覗くと、真ん中にくくりつけていた愛車レッド号は左端に大きく移動していました。

「ほほほ、着いたぞ。んほほ。」
弘子おばさんの家は高山市の街中から少し外れたところにありました。

トラックのエンジン音を聞いて家からおばちゃんが出てきました。
「貴昭!! まあまあよく来たね。」
長く一人旅しているので、久しぶりに見る「知っている人の顔」でした。

おじさんは荷台からレッド号を降ろしてくれています。

「寝ていないんじゃろ? 顔色が悪いよ。」
今の顔色の悪さはひょっとしたらおじさんの運転のせいかもしれません。

「義兄さんありがとう」
おじさんは寄らずにこのまま帰るみたいです。

「中へ入って休みなさい。布団も敷いてあるよ」

「あれっ?通宏と康宏は?」
2つ3つ年下の仲の良いいとこの姿が見えません。

「二人とも用事で出かけとるで、夕方には帰るでな。」

「自転車旅行のこともいろいろ聞きたいんやけど、今は休んだらええ。後でゆっくり聞くわ」

「そうそう義兄さんの運転恐かったやろ??」
「元レーサーやったんよ。」

うひゃ~~ どおりで。。。。

布団に入ると間もなく爆睡モードに突入。

いい匂いと、聞き覚えのあるいとこたちの声で目を覚ましました。

「おはようございます」

ドアを開けると食事の支度が整っていて、
「おっ、貴昭!目が覚めたか?」
弘子おばちゃんの旦那と、いとこたちが座っていました。
一眠りしたので時間の感覚が無くなっていて、
朝だと思い込んでいましたが夜の7時でした。

「やあ通宏! おっ康宏!」

いとこたちと久しぶりの再会で話が弾みます。

「おじさんの運転で来たん?!」
「僕ら怖いから絶対に乗らんもん。」

おばちゃんの作った美味しい料理をおなか一杯食べて、
夜遅くまで笑い声が絶えずに盛り上がりました。


翌朝、いとこの通宏の提案で高山の街を散策することにしました。

白川郷などにある取り壊しの決まった合掌造りの家を高山市内に移転して、
文化遺産の価値を持つ大きなテーマパークを作るという企画があって、
すでに何軒かが市内に移されているという。

それならわざわざ白川郷まで行かなくても合掌造りの家を見ることが出来ます。
早速通宏と自転車で行ってみました。

釘を1本も使用していないというこの建造物は、3、4階建てになっていて、
小さなビルほどもある大きさ。
残念ながら中に入ることが出来ませんでしたので、玄関口から覗き見ました。

「黒い」
そう、中央に置かれた囲炉裏から放たれる煤(スス)が建物の隅々まで充満して、
こびり付くことによって建築強度を増し加えているそうです。
先人の素晴らしい知恵です。
この薪を焚いたような匂いもたまりません。
気分が落ち着いて、ここに泊まりたいという衝動に駆られました。

しばし飛騨の山里の情緒に浸って丘を下る時、通宏が叫びました。
「貴昭、ほらっ 乗鞍!」

街の遠く向こうに、夏だというのに雪をかぶった北アルプスの乗鞍岳が見えます。
その名の通り、馬の鞍のようななだらかな形をしていますが、
標高は3.000mを超えています。
さらに左に目を向けると、やはり3.000mを越す穂高連峰がかすんで見えます。
さすがに「日本の屋根」と言われる北アルプスの景色です。

山に囲まれた美しい景色の高山という土地の魅力を再認識しました。
しかし同時に不安で一杯になりました。
この「日本の屋根」、北アルプスを越さなければ家に帰れないのです。

思いに浸っていると、突然通宏が
「貴昭はギター弾くんやろ?!」

ん? なんだ突然。

                              つづく

写真:合掌造り
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by ymweb | 2008-05-05 15:42