宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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24 〈初恋〉

24 〈初恋〉

「こんにちは~!」

声をかけても交番には警察官がいません。
すると「はいはい!」と言って、中から4、50歳のおばちゃんが出てきました。
(どーなっているんだ?)

「あの~ 今夜泊まれる場所を探しているんですけど。。。」

「あっ、旅館ね」

「いえ、旅館ではなくテントを張れる場所を探しているんです」と話すと、
「旅行しているの? 自転車で? 一人? んまぁ。。。」
感心した様子で私をしげしげと見つめています。
どうやらここに駐在するお巡りさんの奥さんのようです。

「ちょっと待っててね」と言って隣の家の玄関を勝手に開けて、
「大石さ~ん」

出てきたのは優しそうな顔をしたおじさんでした。
おばちゃんはそのおじさんと何やら私のことを話ししていますが、
おじさんは私の顔を見て、「家でよかったら泊まりなさい」と言いました。

疲れと空腹で遠慮することを知らない15歳の宮之上少年は、
素直に「ありがとうございます!」と言ってそのお宅に泊めてもらうことにしました。

お風呂に入らせてもらってさっぱりして、夕食もご馳走してくれるそうです。

聞けば大石さんは中学校の先生をされているそうです。
奥様もとても気さくな方で、ご夫婦には二人の小学生のお子さんがいます。

食卓に上がった料理は豪華ではないものの、海の幸ばかりでした。
真ん中の黒っぽい刺身はひときわ目を引きました。

「これ何ですか」
「これはシコ鰯の刺身だよ、君もビール飲むか?」
「うひゃ~~ビ、ビールですか?? いえいえ私はまだ15歳なので。。。」
「いただきます!!」

大石さんはこの辺で獲れる美味しい魚のことをいろいろ話してくれました。
お酒も気持ち良く回って、私は東京のことや自転車旅行で体験したことを話し、
夜遅くまで楽しい会話が弾みました。

※当時鹿屋市花岡中学校教諭の大石和人先生は、
その後どうされているのでしょうか。
もしお心当たりの方がいらっしゃいましたらお教えください。

翌朝、すっかりお世話になった大石さんご家族が見送る中、
今日の目的地、日南海岸目指してペダルを踏み出しました。

出発して間もなく、国道を牛が荷車を引いていました。
珍しい光景に自転車を停めてカメラのシャッターを切りました。

1時間ほど走ると、枇椰島(ビロウジマ)の浮かぶ志布志湾に出ました。
枇椰島、名前が素敵ですね。
景色がとても美しく、のどかで観光地化されていません。
道路標識に「宮崎県」と書かれてあり、これで鹿児島県とお別れです。

快適な気持ちで走っているのも束の間、道路はいきなり非舗装となりました。
自転車にとってこの砂利道は実に厄介です。
ハンドルは取られるし、振動で手のひらは痛くなるし、
積んである荷物も中から飛び出しそうになります。
必死でレッド号を操って走り、そろそろ志布志湾ともお別れして、
ようやく道路が舗装になると日南市に入りました。

観光地となっている日南海岸まで進むと、テントを張る場所を探すのに
苦労するに違いないと思い、今夜の宿は少し早いけれど、
その手前にあたるこの日南市に決めました。
思惑通り、比較的小さな街ではテントを張れる格好の場所を
簡単に見つけることが出来て一安心。
出発前から楽しみにしていた日南海岸走破は明日の楽しみにしました。

翌朝、早めに起きて日南海岸の名所や旧跡を巡りながら、
風光明媚な道路をのんびり走ることにしました。

「剣法発祥の地」とされる鵜戸神宮や、青島と呼ばれる島の周りには
海が侵食されて出来た「鬼の洗濯岩」と呼ばれる海岸。
観光も兼ねて軽快に走っていると、いつの間にか宮崎市に到着。
ここから先の国道10号線は、穏やかな日向灘を眺めながらのコースだ。
途中、国道の横には「リニアモーター走行試験レール」と書いてあります。
少し興味をそそられましたが、リニアモーターカーは走っていないようです。
美しいとはいえ、限りなく続くこの景色にもそろそろ飽きてきました。
陽も傾きかけてきたので、地図で今夜のねぐらを大まかに決めました。
延岡まで行けるかな。。。

のんびりしていたので、目的地と決めた延岡市に入ったのは日没後でした。
こんなに遅くなると、泊まる場所を探すのが大変です。

市内の大瀬川と五ヶ瀬川の中洲あたりをうろついていると、
いかにも旅行中と思われる大学生くらいの若者数名が寺から出てきました。
中を覗いてみると、何やらそのような若者が大勢いて、
本堂の横にある平屋の建物にたむろしています。
こっちにやって来る二人にストレートに尋ねてみることにしました。
「すみません、ここのお寺は宿泊出来るのですか?」

私を「同類項」と見たのでしょうか、何の疑問も持たずにすぐに
「出来ますよ。 あっ、自転車旅行ですか?」と答えてくれました。
聞くと、彼らは大学のワンダーフォーゲル部で、
明日から高千穂の山に入るために、今夜はこのお寺に泊まるそうだ。
この寺は小額の料金を払えば、旅行者を泊めてくれるという。
彼らが付き合ってくれて事務所で宿泊の手続きをしました。
何とたった300円ですんなりと宿泊出来ることになりました。

「ありがとうございました」 と彼らに感謝を述べると、
「これから夕飯を食べるために食堂を探しに行くけど、一緒に行きませんか?」
とのこと。
実はこの時、私のおなかはぺこぺこに減っていました。
二つ返事でOKして、一緒に定食屋を探すことにしました。
食堂で明日の計画を練るために道路地図も持ちました。

道を曲がったところに大衆っぽい食堂を発見しました。
近づくと、のれんには「みなみ食堂」と書いてあり、早速三人で店の中に入りました。

「豚カツ定食」「鶏の唐揚げ定食」「メンチカツ定食」「ハンバーグ定食」・・・
おおっ!
メニューは値段も手ごろな上、高カロリー高たんぱく質の宝庫。
サイクリストがまさに理想としていた定食屋さんです。

店のおばちゃんが注文を聞きに来たときに私たちの風体を察して
「あなたたちは旅行しているの?」と尋ねてきました。
すると大学生の一人が、
「私たちは大学のワンゲルで、明日から高千穂なんです」
するともう一人が、
「でも彼は東京から来ていて、自転車で日本一周しているそうです」

高校1年生ということを話すと、
「んまあ、凄いわね~」と感激した様子のおばちゃん。
私は値段の安い「アジフライ定食」を注文しました。
このおばちゃんと旅の長話をするつもりがなかったので適当に流して、
地図を見つめて明日の計画を考えていました。

しばらくして、「自転車で日本一周してるの?すごいわ~~」
先ほどのおばちゃんの声ではありませんでした。
ふんわりした優しい声色だったので驚いて見上げると、
注文した料理をテーブルまで運んでくれたのは若い女性でした。

「東京から来てるんですね? 私は去年初めて修学旅行で東京に行きました。」

ガ~~ン!! なんて綺麗な人だ!!
長い髪に涼しい目元、白いTシャツとジーンズにぴったりマッチしていて。。。
うわ~ どーしよ。。。 
どうしようったって、どうにもなりませんが。

「東京の建物ってみんな『色』が無いのね。。。空も狭いのでびっくりしちゃった」
彼女の発する言葉もうわの空。
15歳の宮之上少年は一人で勝手に照れに照れまくり、
彼女の顔を直視することが出来ずに下ばかり見ていました。

大学生の二人は、そんな彼女のことより、店の上段にあるテレビを見ながら、
注文したハンバーグと鶏の唐揚げを、口の周りにご飯粒付けながら食べています。

奥からおばちゃんの声で
「そうか、そういえばムツミは去年修学旅行で行ったね、東京」
※名前は変えてあります。
(この店に何ともマッチしない綺麗な女性はムツミという名前でここの娘。
そして去年修学旅行ということは現在高校3年生。。。)
ペダル踏みまくりで疲れているはずなのに、
こういう時の私の頭の回転は速かった。

今まで生きていて、夕食に「無情」があることを感じたことはありませんでした。
可能な限りゆっくり食べた「アジフライ定食」でしたが、空腹が余計な手伝いをして、
ご飯茶碗は空になり、アジフライも食べ終わってしまいます。
でも味噌汁はまだ残っています、お茶も。

しかしその時大学生が無情にも
「ご馳走様!!」

(はあ~~)
ついに食事が終わってしましました。

お勘定を払う時、奥に行ってしまったのか、
ムツミさんの姿は見えませんでした。

さよならです。
お別れです。
グッドバイです。

真っ暗な外に出て2、3分ほど歩いた時です。
持って行ったはずの道路地図を店に忘れたことに気付きました。
たぶん椅子の上です。

「先に行っててください」
そう大学生に告げて店に戻る途中、
先ほどの彼女、ムツミさんが私の方に小走りで近づいてきました。

手には地図を持っています。
「はい、ワ・ス・レ・モ・ノ」
「まだまだ東京までは遠いけど頑張ってください!」

ワオーッ!!
頑張りますとも頑張りますとも!!

1968年夏 宮崎県延岡
15歳の宮之上少年の甘酸っぱい初恋の味でした。

※うんと後になって、何度かコンサートで延岡を訪れる機会があり、
主催者の一人が彼女の情報を集めてくださり、再会することが出来ました。
 お会いした彼女は、私の当時の記憶そのものの美しい方でした。
 とっくにご結婚されていて二児の母、幸せに暮らしている様子でした。
私のことなど覚えているはずもありませんでしたが、
その時の話をすると喜んでいました。

明日で九州とお別れ。
さまざまな思い出を胸に、いよいよ四国上陸です。
  
【写真は日南海岸・堀切峠から青島を望む】
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                                        つづく
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by ymweb | 2007-10-26 02:55 | じゃずぎたりすと物語

23〈恋人に再会!?〉

23 〈恋人に再会!?〉

愛車レッド号はまるでスローモーション映像を見るように、
ぐにゃっと斜めに傾いて倒れました。

原因は自転車を立たせるスタンドのようです。
鉄製のスタンドのホルダーが荷物の重さに耐えかねて、
根元のスプリングのところから折れ曲がり、脱臼したようにプラプラしています。

あわてて近くの木にレッド号を寄りかからせて応急修理することにしました。

どうやら走行には支障なさそうだけど、何とかして直さないと、
この先ずっと何かに頼らないとレッド号は立ってられない体に。。。

スプリングを金具に引っ掛ける作業を必死で行っていると、
また別の指にマメが出来てしまいました。
痛っ!

それでも何とか直すことが出来て、この悪夢の公園をさっさと出発しました。
おそらく少し蛇行運転しながら国道3号線を南下し、
傷ついたレッド号は私を乗せて海の迫る水俣の街を通過しました。

あ~あ。。。
度重なるアクシデントのせいで時間は浪費するし指は痛いし。。。
何だか急に脱力感に襲われて、走る気力が無くなってきました。

まだ午後3時過ぎ。
野営場所を探すのには少し早いけれど、今夜はここらへんに泊まろう。
テントを張るのに小一時間かかることを考えると、脱力感はさらに増しました。

寝場所を探しつつ走っていると、進行方向右手に火の見やぐら、
そして集落らしきものが見えます。
道路の表示看板には「水俣市袋」と書いてありました。
近づくと、火の見やぐらの横には消防分団の荷物置場らしき小屋があります。

古い小さな木造の建物で、入り口には鍵がかかっていません。
中を覗いてみると、4畳半ほどの板の間になっていて、
ウチワが2本とかなり古い漫画本が2.3冊置いてあります。
ほこりっぽくて人が住んでいる気配などありません。

(ここに宿泊出来ないかな?)

隣の民家に早速聞いてみることにしました。

「すみませ~ん!」

おじさんがいるのだけど、奥の部屋から出てくる気配はありません。

「あの~~~ すみませ~ん!」
奥まで届くように大きな声で「あの~!!この小屋に今夜泊まっても大丈夫ですか??」

おじさんは不審に思ったのかこちらに近づきながら
「ん? 誰だ??」

私が少年だということに気付くと、
「小屋に泊まる? ああ、別にかまわんよ」
「あれ?自転車旅行か?」と日に焼けた顔で気さくな雰囲気で話しかけてきました。

事情を説明したところ、「中に入って冷たいものでも飲みなさい」と言って
麦茶を出してくれました。

聞くと、おじさんの家は農業を営んでいるけど、
順番で消防の係りを受け持っているとのことでした。

火照った体に冷たい麦茶は私にとって素晴らしいご馳走でした。

あっ!

しかし私はこの冷たくて美味しい麦茶より数段素晴らしいものを
この部屋で発見しました。

ギターです!

走っている時に頭の中は、ジャズの曲のリズムを感じていたものの、
考えてみれば旅行に出発してからギターに触れていません。
まるで恋人に再会したような気持ちでした。
女性と付き合ったことはありませんが。

「これはおじさんが弾くのですか?」
早速尋ねてみると。

「ははは、ワシは弾かんよ、息子が昔ね。」

「ちょっと触ってもいいですか?」

「おいよ、かまわんよ」

置いてあったのは得体の知れないフォークギターで、
弦が錆びていて弦高が高く弾きにくいものの、一応ギターでした。

早速私が少し得意気になってポローンと弾き出すと、何と。。。
おじさんは「小屋へ持っていってかまわん」と言って
また奥の部屋に行ってしまいました。
どうやらおじさんは音楽に興味が無いようです。

この日はおなかが空くのも忘れて消防団の小屋の中で、
夜が更けるまでギターを弾いていました。
とはいえ15歳の私、こうしてギターを触ると、
家族や自分の部屋がとても恋しくなりました。
この夜はギターを抱えたまま眠ってしまいました。


翌朝も快晴。
今日も暑くなりそうです。

目を開けてもテントの黄色い日差しではなく、
久しぶりの屋根の下で寝ることが出来たので、
実に気持ちよく目覚めることが出来ました。
そして気が付けば、ギターが「抱き枕」になっていました。

昨日のおじさんに挨拶して出発しようと思い、声をかけましたが留守です。
農家の朝は早いのでしょうか。
それにしても、鍵をかけないで出かけているところが田舎の良いところです。
お礼を書いた手紙とギターを玄関に置いて出発することにしました。

出発して程なく「鹿児島県」という道路標識が出てきました。
目指すは桜島です。
(当時、沖縄はまだ日本に返還されていませんでした)

1.2.3.4  イチ.ニイ.サン.シイ  ワン.ツー.スリー.フォー

夕べ久しぶりに弾いたギターのせいで音楽のテンションが高まり、
ペダルを踏む足からジャズのリズムを感じます。
倍のテンポや3連に感じたり、時には8ビートという具合に自由です。
登り坂ではゆったりしたリズム、そして下り坂では軽快なリズムです。
東シナ海の美しい景色の後押しもあって、順調にレッド号は進んでいます。

鹿児島市内に入りました。

西郷隆盛の銅像などを見学してフェリー乗り場に到着。
目の前に浮かぶ桜島に向かって出航しました。

錦江湾の美しいエメラルド色の海を臨みながら、溶岩のどまん中を走る気持ち良さ。
しばし景色を楽しみながら快適なツーリングを楽しみました。

桜島を後にして国道220号線をひたすら南下していると陽も傾きはじめて、
そろそろ今夜のねぐらを探す時間となりました。

鹿児島県鹿屋市というところまで来ました。
今回の旅の最南端は桜島だと思っていましたが、
地図を確認したところ、最南端はここ鹿屋市でした。

テントを張れる場所を教えてもらうため、交番に入って聞こうと思いました。

この後、素晴らしい人情と感動の味に出会うことになります。

                                        つづく


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by ymweb | 2007-10-15 16:19 | じゃずぎたりすと物語
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22 〈福岡~熊本 アクシデント〉

キャッキャッ。
朝、寝返りを打って気付くと、テントの外で子供たちの笑い声。
半目の状態でテントから眩しい光の射し込める外を覗くと、
おそらく昨日の子供たちだろう、ランドセルを背負って笑いながら走って行った。

「おはよう!」
昨日の大学生だ。
彼らも早々とテントをたたんで出発の準備をしている。
「では気をつけて! さよなら!」
彼らとはここでお別れして、目指すは熊本。

広くて舗装の行き届いた平坦な国道を快適に飛ばし。。。と思いきや、
出発してたったの20分、急に足に負荷が重くのしかかる。

ありゃりゃ、パンクだ。

仕方なく道端に愛車レッド号を寄せて、持参した修理キットを広げた。
簡単に思えたこの作業は思いのほか手間取った。
だいいちキットそのものも、自転車に備え付けの細い空気入れも非常用だ。
チューブを引っ張り出してボンドでゴムを貼り付け、ポンプで必死に空気を入れても
なかなかスムーズに行かない。
この作業で右手には大きな水ぶくれが出来てしまった。
「助けてくれ~~~」
炎天下ということもあって、ようやく終わった頃には頭がフラフラした。

思わぬところで時間を大きくロスしたけど、気を取り直して一路熊本に向けてまっしぐら。
熊本の街に着いたのは予定時刻をはるかに過ぎていて、心身ともにくたくた。
街中だったけど何とか宿泊場所を確保することが出来て良かった。
今日頑張ったご褒美に、明日は少しのんびりして熊本観光したいなと思いながら早めに寝ました。

翌朝、加藤清正の築城による熊本城に登ってみることにした。
城はとても規模が大きいので、街の中ならどこからでも見えるため
簡単にそばまでたどり着けました。
ひんやりとした森の空気の中にそびえ立つ熊本城。
有料となっている天守閣に登ると、気持ちの良い風。
晴天にも恵まれてはるか彼方まで見渡すことが出来ました。

ついでに「水前寺公園」にも行ってみることにしました。
何たって人気絶頂の水前寺清子が名前をとった公園ですから。

確かに綺麗な庭園だけど、思ったより狭くて、どうということはありません。
なんでこれが有料なんだ!?と思いました。
自転車旅行の高校生にとって「風情」(ふぜい)は必要なかったようです。

さて熊本市内で時間を費やした分、先を急ぐ必要がありました。

いざ出発!

国道3号線を南に向かって走っていると、ブシュっという音とともに
またもや急にペダルが重くなる。

ありゃりゃりゃ、またパンクだ。

愛車レッド号はかなりの重量を載せて走るために、道路の釘やガラス破片など、
ちょっとした障害物の影響をまともにタイヤに受けるようだ。
しかし昨日パンク修理キットを使ってしまったので直すことが出来ません。
こうなれば仕方ない、街まで押して行くか、ガソリンスタンドを見つけて直すしかない。。。

自転車を引いて歩くこと2キロ、遠くにガソリンスタンドらしき建物が見えました。

やった~~!! まさに砂漠にオアシス!

小さくてもれっきとしたガソリンスタンドでした。
店の人に事情を説明したところ、快く自転車のパンクを直してもらえることになりました。
さらに嬉しいことに、「日本一週頑張ってね」と、今後またパンクした時のために
ゴムの切れ端と接着剤を分けてくれました。
旅にはこうした人情が本当に大きな心の支えとなります。

その後、八代湾の美しい海を右手に見ながら快調に自転車を走らせました。
疲れてきたし、おなかも空いてきたので、パンを買って少し休憩を取ろうと
国道脇の公園の木陰に入りました。
愛車レッド号を停めてベンチに越し掛け、パンをほおばったところで。。。。

ウソだろ!!

その光景に目を疑いました。

つづく
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by ymweb | 2007-10-12 12:00 | じゃずぎたりすと物語