宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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11 〈受験勉強〉

両親はそれまで私に「勉強しろ」と言ったことはほとんどありません。
しかし3年の2学期もすでに始まっています。
この2学期の通知表の成績と内申書が希望する高校に提出されます。

ギターにのめり込んでからというもの、授業中は居眠りしているので、
テストの点は最悪、通知表も下がる一方でした。
両親が心配するのも解かります。
確かに学業に専念しなければならない時期でした。

その夜、話があると言っていた父は、疲れていたせいか、
予告通り早めに帰って来たものの、
結局私と顔を合わせることなく就寝してしまいました。

さすがにこの日はギターを弾く気になれず、
仕方なく机に向かっていくらか勉強することにしました。

しかし、どうにもこうにも音楽のことが頭から離れず、
集中して勉強することが出来ません。
教科書を開いて鉛筆を持っただけで、その鉛筆はドラムのステックと化し、
足は貧乏ゆすりのごとくリズムを出してしまいます。

今夜は父が寝たため、恐怖の話し合いは行われなくて済んだものの、
勉強していることを実践していないと、
こうしたビクビクした生活がずっと続くことになります。

思い出してください、父は恐い人なのです。
腕相撲は私が両腕を使っても勝てないほどですし、
ギターを練習していると「鉄の灰皿」を私めがけて飛ばす人なのです。

3学期までの辛抱ということで、仕方なくギターを弾く時間を4~5時間に減らして、
受験に備えて勉強をすることにしました。
経済的な理由もあって、目指すは都立高校です。

小学校時代は5がほとんどで、信じられないほど良い成績でした。
きっと「神童」と呼ばれていたに違いありません、うん。
中学校に入って、1年の時はまだそこそこ良かったのですが、
2年生くらいから、どこが「神童」?普通ぢゃん! という成績になってきて、
3年生の1学期はといえば、通知表を親に見せることが出来ずに、
隠してしまったほどの成績でした。

これはもう明らかにギターのせいです。
解かっているんです。
解かっちゃいるけど止められ。。。

歌っている場合ではありません。

しかし机に向かっても勉強に対する集中力が全く沸きません。
どうしたら集中して受験勉強が出来るのか考えていたところ、
ギターの置いてある押入れが目に留まりました。

待てよ。。。
ギターをあれだけ集中して練習することが出来た押入れの中、
そう、押入れに入って勉強するのはどうだろう。。。

早速押入れに入り、引いてある電球のスイッチを ---- ON。

うお~~! 何て落ち着く場所なんだ!!

そう、まさにそこは長年慣れ親しんだ集中出来る場所でした。
この日から早速この場所で勉強をすることにしました。
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当時は国語、数学、英語の主要3教科以外に、
保健体育や音楽の成績も内申書にしっかりと記録されることになっていました。

私はどちらかと言わなくても「反」理数系です。
数学は足し算や掛け算は得意なのですが、引き算や割り算が苦手です。
何だか損するみたいで嫌いなのです。

しかし体育は得意でした。
小学校の時からリレーの選手で、学校で一番足が速かったし、
中学校の時も、どのクラブにも属していないのに、
体操や鉄棒など、スポーツは半端でなく万能でした。

そんな私にとって、体育は全く問題ありません。
音楽も、先日「音楽会」にも出演したし、西村先生に作曲も褒められた。
後は歴史や譜面のことをしっかり学習すれば大丈夫かな。。。
強化学習を主要3教科に絞り込んで、集中して勉強することにしました。

そんな様子を知った母は、父にそのことを報告したようで、
それ以降、父と顔を合わせても何も言われることはありませんでした。


いよいよ大切な2学期も終業し、通知表をもらう日が来ました。
通例ながら、一人ずつ生徒を出席順に呼んで、
手渡す際に担任が余計なことを一言言います。

「石黒、もう少しだったな」
「入手、残念だな、今学期は大切なのに」
「岩沢、まあまあだな。。。」

。。。。。

とうとう私の番になりました。

「宮之上!!どうしたんだお前!!」

何だ何だ?? みんながざわめいています。


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by ymweb | 2007-04-28 19:17 | じゃずぎたりすと物語

10 〈音楽会に出演〉

時たまテレビなどで格闘のシーンで流れてくる急速調の曲、
それが〈ウィリアムテル序曲〉というのは知っていました。
この曲をギターで弾けたら凄いかも。。。
そんな気持ちで駅前のレコード屋さんに急いで探しに行きました。

お目当てのレコードは確かにありました。EP盤でした。
しげしげと裏面に書かれた値段と説明を見て、
ちょっと高いな~~
ふ~ん。。。ロッシーニという人が作曲したのか。。。
いくつかの楽章に分かれている組曲になっていて、
僕が演奏したいのはその中の有名な部分なんだな、きっと。。。
ふ~~ん。。。

中学生の少年がクラシックのレコードを片手に、
何かブツブツ独り言を言っている様子を見て、
レコード屋のおやじはさぞ不思議に思ったことでしょう。

ともあれ無事にレコードをゲットして家に帰り、
早速合わせて弾いてみることにしました。
タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター
タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター タタタッカー・タカタッタッタ

地獄のトレーニングのお陰で、どうやらテクニック的には問題なさそうです。
しかし、きちっとした曲の構成があるので、それを把握して覚えなければなりません。
その日からまたもや押入れに入って特訓が続きます。
この狭い空間は、空気がやや薄い点さえ除けば、
雑念を一切寄せ付けないので、集中して練習を行うのに最適な場所かもしれません。

いよいよ音楽会の当日がやってきました。

クラスから2名ほどの代表演奏者が選ばれて演奏を披露することになっていますが、
そのほとんどは女生徒で、しかも楽器はリコーダーかピアノでした。
どうやらギターは私と福田君だけのようです。

ライバルの福田君はB組なので、D組の私より前に演奏することになっています。
出演する生徒は皆ステージ脇で控えていなければなりませんでしたので、
福田君の演奏はステージ横から見ることにしました。

「B組代表、福田君!」  先生が呼び出します。
学校はエレキギターが禁止だったので、福田君もフォークギターで演奏するようです。

「え~と、演奏曲は。。。〈運命〉でしたね!?」

やはりそう来たか。。。

ジャ・ジャ・ジャ・ジャーーン!

彼の滑らかな指使いはとても緊張しているようには思えません。
以前昼休みに教室で演奏していた時と同じように見事に弾きこなしていました。

はぁ~~。。。
間もなくやってくる私の番までの時間の長いこと長いこと。

それにしても何故私はクラス代表で選ばれたんだろう。
いくら友人が推薦したからといって、「代表」はないだろ。。。

そういえば、音楽の時間に「作曲」の課題があって、
作った曲を西村先生に聴かせたら、それを先生はすごく褒めてくれた。
リコーダー演奏のテストの時には、課題曲ではなく自由曲を選んで、
北島三郎の「函館の女」を吹いたら、クラスのみんなに大うけで、
「先生はその曲を知らないけど、リズムと音色がとても良かった」と褒めてくれた。
そんな布石があってこの場にいるのかもしれない。。。

「D組代表、宮之上君!」

ついにその時がやって来てしまいました。

「曲は。。。〈ウィリアムテル序曲〉?!ですね?」
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場内から少し驚きにも似たざわめきが起こりました。
学校のほとんどの人は私がギターを弾くなどということを知りませんでしたし、
だいいち、学校にいる時間が誰よりも短いために、全くもって目立たない存在でした。
そんな生徒がギターで〈ウィリアムテル序曲〉を弾こうとしているのです。

押入れの中と比べれば環境は大きく異なりますが、
それでもいつものペースで弾き始めました。

タカタッ・タカタッ・タカ・タッタッター

場内は静まり返っています。
福田君の視線を考える余裕もありません。
ただ一音一音間違えないように一生懸命でした。

何とか弾き終わって、一瞬「間」があってから拍手が起こりました。
この拍手の大きさは、他の人と比べて大きいのか小さいのか解かりません。
先ずは無事に弾き終えたことを満足しました。

この日も終業のチャイムと同時に家に帰ろうと教室を飛び出しました。
ギターを抱えて校庭に出たところで、3階の窓から誰かが私に向かって
大声で叫んでいます。

「お~い!ミヤノウエ!」
振り向くと
「イェィ! ウィリアムテル! ハハハ!」

褒められたのか馬鹿にされたのかよく解かりませんでした。
無視することにして学校を出ました。

翌日の昼休みに、何とB組の福田君が私を訪ねて来ました。
「宮之上君、昨日良かったよ!君上手いね~~」
ソフトな語り口と温和な態度で接してくれました。
「今度一緒に演奏しようね」

何だか福田君のイメージがそれまで思っていたものとはずいぶん違っていました。
とはいえ、やはり自分の性格もあって、クラスも違うので、
その後の交流はほとんどありませんでした。

私はまた家で黙々と〈ツィゴイネルワイゼン〉や〈トルコ行進曲〉などを題材に、
クラシックのテクニカルな部分をギターで演奏出来るように練習を続けました。

そんなある日のこと。
母が、「今夜お父さんがお前に話があるって。」
「お前の成績と高校入試のことだよきっと。」

ガーン!

一番触れて欲しくない部分でした。
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by ymweb | 2007-04-21 18:58 | じゃずぎたりすと物語

9 〈ライバル出現〉

ジャ・ジャ・ジャ・ジャ~~~ン!! 

部屋のカーテンを開けたままだったので、
押入れから出ると朝日が眩しくて少しくらくらしましたが、
〈運命〉は一晩にして完璧に弾けるようになりました。

でも、ちょっと待てよ。。。
「押入れ」の中だったから弾けたので、外に出ると弾けないかもしれません。
一抹の不安がありましたが、学校があるので少し仮眠して、
帰ったらまた弾いてみることにします。

この「押入れ特訓」がまたもや功を奏したようで、
部屋で音量を上げて力強く弾いても、ばっちりレコード通りでした。
加えて、弦高が高くて張りの強い鉄弦フォークギターは、さしずめギターの「筋トレ」。必然的に左手の握力と、右手のピッキングの訓練を施してくれました。

こうして音感やテクニックも付いてギターが上達して、少し有頂天になっていた頃、
クラスの誰かが「B組の福田君ってギター上手いよね~~」と話しているのを聴きました。

当時でもギターを弾いている生徒が数名いて、中には私と同様に、
寺内タケシの演奏する曲を練習している生徒がいるとのこと。
その中でも飛び抜けて上手いのがB組の福田君だそうだ。

う~~ん、気になるな。。。 福田君(B組)。

彼は学校にギターを持って来て、昼休みには教室で弾いているようです。

早速偵察に行くことにしました。

上手い!!

弾いていたのは何と、私が徹夜で練習した〈運命〉でした。
さらに同じく寺内タケシの〈空飛ぶギター〉や〈津軽じょんがら節〉
これらの曲をいとも簡単に弾いて、クラスメイトを驚かせています。

私は一部の友人を除いて、ギターを弾いていることは公表していませんでしたが、
福田君の演奏を聴いて圧倒され、さらにその気持ちは大きくなりました。
同時に対抗意識がメラメラと沸きました。

私はさらにハードな練習を行いました。
弦を押さえる左の指の全ては血豆となり、しばしばそれが破けて出血しました。
そう、まさにこの頃は1日10時間くらいギターの練習に費やしていました。
学業がおろそかになるのは当然といえば当然です。
通知表をもらうたびに、成績はどんどん落ちていきました。

そろそろ高校入試の心配をしなければいけないという中学3年生のある日、
学校で音楽祭の行事があり、仲間から推薦されて出演することになりました。
どうやら福田君も出演するそうです。

寺内タケシが〈運命〉はもとより、〈未完成交響曲〉や〈白鳥の湖〉、
はたまた〈剣の舞〉などのクラシック曲を題材にしていることにヒントを得て、
私も自分でクラシック曲を選んでアレンジして、独自の演奏が出来たらいいなと考えました。
おそらくは福田君は寺内タケシの演奏曲をそのまま披露すると考えて、
私は誰も想像していなかった曲を演奏したいと思いました。

どうにもこうにも「負けず嫌い」というか「ライバル心が強い」というか、そんな私です。

音楽会で演奏するのに選んだのは有名なあのクラシック曲でした。
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by ymweb | 2007-04-18 18:49 | じゃずぎたりすと物語

8 〈指が!〉

それまではナイロン弦で、テンションも柔らかくて弦高も低かったのですが、
購入したフォークギターは鉄弦で、テンションもきつく、弦高もえらく高いものでした。「見た目」だけで買ってしまったことをこの時につくづく後悔しました。

考えてみれば、ギターにはそれぞれ目的があります。
クラシックギターのように、単音や和音を細かく演奏するのに適しているのに対して、
フォークギターは開放弦を中心に「ジャラーン」とコードを弾く、
文字通り歌の伴奏用だ。

これまでどんな曲を練習していたかと言えば、歌謡曲からロックやクラシックまで。
それこそ巷に溢れる音楽の全て。
1日8~10時間はギターに触っていて、
ギターを弾く合間に学校に行っているという生活が続いています。

この頃までに、おおよそたいていの曲は、
耳で聴いてそれをすぐにギターで弾くことが出来ました。

しかし。。。
指が痛い!
今まで弾けていた曲も、指が痛くて思うように弾くことが出来ません。
細かいパッセージを弾けば、左手の指はそれぞれ押さえた跡がくっきりと残り、
右手の親指は腫れ上がり、程なくしてマメが出来て破れて血が滲みました。
これでは練習になりません。

話に聞いていた「ピック」を買いに楽器屋に行くことにしました。
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初めて手にした「べっ甲」柄のピックを使って猛練習の再開です。
指弾きと違い、弦の移行が難しくて練習する甲斐は大いにあります。

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド 
ドド レレ ミミ ファファ ソソ ララ シシ ドド 
ドドド レレレ ミミミ ファファファ ソソソ ラララ シシシ ドドド
ドドドドレレレレミミミミファファファファソソソソララララシシシシドドドド

私の練習方法は、他人が見れば確かに異常だと思います。
これを飽きもせず一日中行っているのです。しかも楽しんで。

学校の帰りに、ギターを弾いているという友だちが家に遊びに来ました。
最初は一緒に話をしたり演奏したりして楽しんでいたところ、
私が突然自分の練習モードに入って、友だちが来ていることも忘れて、
何時間も同じフレーズの反復練習をしていたら、
気が付くと、友だちはいつの間にかいなくなっていました。

いいのです、友だちなどいりません。
私の親友はギターです。



そんなある日のことです。
テレビを見ていると、エレキギターで日本民謡の
〈津軽じょんがら節〉を演奏している人がいました。

そう、寺内タケシさんでした。

少し「ダサいな。。。」とは思いましたが、
あまりにもギターが上手いので、
驚き見入っていました。

うん、この人は確かにギターが上手い!

彼の出演するテレビ番組は欠かさず見ることにしました。
とりわけ、夕方6時から放送している〈シャボン玉ホリデー〉には毎回出演していて、
そのギターテクニックを惜しみなく披露していました。
とりわけクロマティックで下降する「テケテケフレーズ」は驚異的で、
何とかコピーして自分も弾けるようにと、その瞬間を食い入るように見ました。
この頃に現在のような録画する技術が発達していれば、さぞ便利だったでしょうに。

しばらくしてその寺内タケシさんが、ベートーベンの〈運命〉を弾いていました。
これはかなり難しそうです。
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たまたま友人がこのレコードを持っていて私にくれました。
〈レッツゴー運命〉??
タイトルも何だかダサいです。
当時は「レッツゴー」という言葉がトレンドだったのでしょう。
今では死語ですね。

話は変わりますが、「ダサい」といえば、海外の有名なバンドの名称の前に
「東京」を付けると、たいていはダサくなりますね。
例えば「東京ビートルズ」や「東京ベンチャーズ」。

それでも地方の人にとって東京は大都会で憧れなのでしょうか。
ツアーで遠方に行った時などに年配の方からよく話しかけられるのは、
「うちの息子は東京で働いています」
それで、「東京のどちらで働いているのですか?」と尋ねると、
「大宮です!」。
「娘が結婚して東京に住んでいます」
それで「東京のどちらにお住まいですか?と尋ねると、
「宇都宮です!」
広いんです、東京って。


さて、早速寺内タケシ演奏の〈レッツゴー運命〉、
コピーにトライしてみることにしました。
もちろん「押入れ」の特訓です。

押入れにレコードプレーヤーを持ち込んで、
夕方から集中してコピーに取り掛かりました。
集中力持続疲れと酸素不足もあってか、
フラフラになって押入れから出てきたのは朝でした。

はたしてこの難曲を全てコピーして弾けるようになったのでしょうか?

〈運命〉やいかに?
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by ymweb | 2007-04-12 18:45 | じゃずぎたりすと物語
父の実家、上馬のお婆ちゃんの家に行き、「玉電」乗って2つ目、
今は「サンチャ」と言うらしい三軒茶屋に到着。

この「玉電」、正確には「東急玉川電鉄」とか何とか言うらしいですが、
みんな「たまでん」と発音しています。

当時は渋谷と二子玉川を結んでいる路面電車でしたが、
現在ではその部分のほとんどは地下に潜り、路線をはるかに延長して、
神奈川県大和市の中央林間まで走る「東急田園都市線」となっています。
起点はもはや渋谷ではなく、
墨田区押上あたりまで延びているそうですから驚きですね。

「玉電」は木造の車両がほとんどでしたが、
時たま「新車」と銘打った丸っこい車両がありました。
この新車も、道路を往来する車やバイクなどに混じって走るわけですが、
これに乗る時は少し「未来っぽく」て?子供心に胸がときめきました。
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さて三軒茶屋に到着すると、早速楽器や巡りです。
当時も三軒茶屋は人が多く、賑わっていました。

ギターが飾ってあるお店を数軒覗いたりしましたが、
どんなギターを買ったら良いのかさっぱり解かりませんでした。
どのお店もクラシックギターやフォークギターが所狭しに並んでいますが、
目安は「見た目と値段」しかありません。
こう見えても、子供の頃からわりと良識派だったのか、
お婆ちゃんに高額な出費をさせることに戸惑いもありました。
その時、目の前に「ミドリヤ」がありました。

当時「ミドリヤ」といえば、「丸井」と並んで、
ローンでの買い物をいち早く世間にアピールした大手会社の一つです。
この中にある楽器店には、ギターの品数が豊富に揃っていました。
それでこの店で選ぶことにしました。

音色や弾き易さなどは二の次でした。
見た目で選んで手にして、音を出してみるわけでもなく、
値段の付けられた正札を見せてお婆ちゃんの顔色を伺いました。

中段の右に飾ってあるギターに目が留まりました。
¥8.500の正札の付いているフォークギターです。
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「これでいい」
手にしたものの、実際に弾いて音を出して確認するわけでもない私に、
「いいのかいこれで??」
念を押すお婆ちゃん。

おそらく頭金¥1.500を払って、残金の¥7.000を
¥1.000ずつ7回払いにしたのだろうと子供心に勝手に計算して、
お婆ちゃんに心から感謝しました。

さて帰り道は来た時よりルンルンです。

家に帰って早速弾いてみることにしました。
しかし。。。指が!!!
せっかくお婆ちゃんに買ってもらったギターでしたが、
試練に直面する大きな問題が起こりました。
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by ymweb | 2007-04-10 18:37 | じゃずぎたりすと物語

執筆中記

〈じゃずぎたりすと物語〉

お陰さまで大勢の方に好評をいただいていますが、
一部の人から「そこまで明かしていいの?」という声もあります。

確かに過去のプライベートなことまで書き過ぎの感がありますが、
これも現在の〈ギャグギタリスト〉に至る経緯ですので、
今後もありのまま、心のままに書いていきたいと思います。

今後とも宜しくお願いします。
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by ymweb | 2007-04-09 18:33 | じゃずぎたりすと物語

6 〈ギターが!!〉

「おふくろ、金貸してくれよ」

そう、兄はお金の無心に来ていたのです。

私はしばしばこの光景を目にしていました。

考えてみれば、当時兄は24、5歳で一人暮らしでした。

日払いのダンプの運転手などをしていたようですけど、
生活は安定しているとは思えません。
しかし幼い頭ではその状況など理解することが出来ませんし、
大好きな父が、そうした兄の行動にいつも批判的だったので、
私の考えも父の見方に影響されて兄を嫌うようになったのかもしれません。

兄の発する言葉に私がいちいち揚げ足を取ったのでしょう。
「よしあき!この野郎!!」 兄は突然キレました。

私の胸ぐらをつかんで押し倒し、部屋に立て掛けてあったギターのほうに向かい、
弦を思いっきり引っ張って、全ての弦を切ってしまいました。

ギターが、大切にしていたギターが。。。。

いくら兄からもらったとはいえ、これほど悔しいことはありません。

さんざん母と口論の末、兄は出て行きました。

母は泣いている私を見て憐れに思い、
「よしあき、大切なギター壊れちゃったね。。。」
「そうだ、上馬のお婆ちゃんに相談してみようね。」
「お婆ちゃんだったらよしあきを可愛がっているから、
訳を話せば新しいギターを買ってくれるかもしれないよ」

早速お婆ちゃんに電話をかけてくれました。上馬の。

でも、ちょっと待ってください。

考えてみればギター自体は壊れていませんから、
弦を取り替えるだけでよかったのではないでしょうか?

そう、1セット買うだけで済んだはずですね。

幼い頭では「弦が切れたらギターという楽器は終わり」なのでしょう。
母もそう考えていたのでしょうか。。。

そういえば、もらってから一度も弦は交換していませんでした。

とにかく上馬のお婆ちゃんのOKが出たそうで、
週末にはお婆ちゃんと三軒茶屋に行って、
新しいギターを買ってもらうことになりました。

もう気分は一転、ルンルンです。
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by ymweb | 2007-04-07 18:31 | じゃずぎたりすと物語