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宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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カテゴリ:じゃずぎたりすと物語( 77 )

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」
続編を執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記は
その時に書かれた日記や写真を参考にお伝えしています。
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今回は特別に二話連続でお楽しみください!

1970年8月28日(金)

【羽越・街道をひた走るⅠ】

宿泊させていただいた上に朝食とお弁当まで用紙してくださった
本荘市下出戸の西光寺に感謝です。(^^)/
このところポンポンと良いことが続いていて恐くなります。

すっかり体力を充電して再び出発!
国道7号をひたすら南下します。
鳥海山が見えてきました。
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仁賀保町、そして鳥海山の麓の象潟(きさかた)を過ぎ、
愛車レッド号は山形県に入りました。
口ずさんでいるジャズは「テイク5」ですが、
この曲はペダル漕ぎにくいです。(^^♪

海岸線の道は思っていたほど上り下りがなく
とてもきれいです。
はるかに飛島(とびしま)が見えます。
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酒田の街に入りました。
この街は道が狭くてごみごみした感じです。
見どころはたくさんありそうですけど先に進むことにします。

昼めし時、ちょうど良いところに神社があって、
境内の木陰でいただいたお弁当を開け、
たまたま郵便配達員もここに休憩に来て並んで食べました。
不良なわたしはタバコを一服してからまた出発です。( ´ー`)y-~~

鶴岡を過ぎたころ交差点で並んだのは可愛い女子高生。('_')ポカ~ン
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少し照れくさい16歳の宮之上少年でしたが声をかけてみました。
「もう学校始まっているんですか?」
すると「はい、26日から」

Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン

そう言えばわたしだって高校生。
完走することとジャズのことしか考えていませんでした。
夏休みって今月の31日まです。(*_*)
先を急ぎます。

鶴岡を過ぎるころ陽も傾いてきて
また今宵の寝床を探しながら走ります。

温海温泉(あつみおんせん)という駅に着いた時には辺りは真っ暗でした。
この街のお寺に宿泊交渉してみましたが断られて、
さらに先まで進んで小岩川というところでまたお寺に当たりましたが、
またまた断られてしまいました。(;_;

この先に進んでも泊まれる場所を確保する期待が持てないため
さっきの温海温泉まで戻って、警察署で宿泊場所の相談をすることにしました。

「名前は!? どこから来たの? 何?日本一周??」

まるで取調室です。
「かつ丼」くらい出せよ。。。(-_-)/~~
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※写真はイメージです。

相談したものの、
結局は温海温泉駅のベンチに寝ることになりました。( `ー´)ノ
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でも駅員さんから「長椅子を二つ重ねて寝ていいよ~」
優しい言葉をいただき、
ベッドのように気持ちよく寝ることが出来ました。zzz

〔この日使ったお金〕 パン合計6個¥120 
アイスクリーム2個¥20 合計¥140

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【羽越・街道をひた走るⅡ】

1970年8月29日(土)

朝4時30分、いい気持で寝ていると駅員に起こされました。
始発に乗る乗客が来たからです。
さすがにまだ眠くて、
二つ使っていた椅子の一つを元に戻してまた少し寝ました。
それでも6時20分、いつもより早い出発となりました。
これで今日は少し距離を稼げるかな、と思います。(^^)/

愛車レッド号は鼠ヶ関(ねずがせき)の県境を越えて
いよいよ新潟県に入りました。

右手前方には粟島(あわしま)見えます。
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大きなトンネルに入る手前でまたアクシデントが!

パンクです(*_*)

道路沿いの近くの家に駆けこんで水を借りて直しました。
しかしです、
肝心の空気を入れる時に携帯する空気入れの調子が良くなく、
しばらく転がして進むと、対向車線からサイクリストがやって来て、
その人に空気入れを借りて何とか事なきを得ました。

予定ではこの先「笹川流れ」という景勝地を通る予定でしたが、
聞くところによると、美しいところだけど、
道も狭くて国道を行くよりかなり時間がかかるとのこと。
パンクという思いがけないアクシデントもあったのであきらめることにします。
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※写真はイメージです。
その後ツアーで訪れた際に立ち寄りました。
のどかで美しいところでした。

いろいろあったので思惑通りの距離を稼ぐことは出来ません。
村上市の東側を通過するころ、今夜の寝床探しです。

荒川町佐々木というところで
大きな民家の庭にテントを張らせてくれと頼んだところ、
「遠慮しないで家に泊まれ」と嬉しい言葉。
この大きな家は本家で、近所はみんな分家の家らしい。(^^)/

夜は家族の子供たちや、少し気になる?高校三年生の女の子と一緒に
近所で行われている花火大会に行きました。(*^^*)

夕食やビールまでご馳走になって、この日は良い気持で11時に寝ました。

〔この日使ったお金〕 
日記に記されていないので不明(酔って寝てしまったのかもw)

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by ymweb | 2016-06-21 19:04 | じゃずぎたりすと物語
【アクシデントも何のその!?】

1970年8月27日(木)

朝6時半ころに目が覚めて朝ごはんもご馳走になって出発しました。
自転車旅行はいろいろな人たちにお世話になっているので、
感謝の気持ちをいつも忘れてはいけないなと感じます。
この民家を出発して間もなく右手には浅内沼という沼が見えます。
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国道7号線をさらに南下すると干拓が進んでいる八郎潟の残存湖が遠くに見えました。
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しかしここでアクシデントが起きました。
前後のブレーキがまったく効かないのです。('Д')
前か後ろのどちらかが効かなくなるのなら話は分かりますけど。。。
降りて調べてみるとブレーキパッドが両方とも擦り切れています。( ノД`)シクシク…
考えてみれば西日本を回って帰って来てから一度も取り替えていませんでした。

近くに自転車屋など見当たらず、
仕方なくブレーキが利かないまま進みました。
しかし主だったカーブや坂道もなく無事に秋田市内に入り、
最初に見つけた自転車屋に飛び込みました。

修理してもらっている間、昼ごはんにパンと牛乳を買って食べました。
そのお店は親切に味噌汁を出してくれました。(^^)/
自転車屋に戻ってお金を払おうとしたら「タダでいよ!」
まあ何と親切なのでしょう。(^_^)/~

再び出発!
ブレーキの利きが全然違う!(当たり前かw)
日本海の海岸線に沿ってずっと南下して本荘の街を過ぎるころ、
陽も傾き、今宵の寝床探しをしなければなりません。
また民家の庭にテント、あるいは寺にと思い、国道から少し奥に入って探すことにします。
この辺りはほんとうにのどかで田舎そのもの、美しい光景がずっと広がっています。

西目村というところまでやって来るとお寺が見えました。
が、本堂だけで住職の家が見当たりません。
近くで掃除していたおじさんに尋ねると、何とその人が住職でした。
ここは寺だけで家は3キロばかり先にあり、そこに泊めてくれるそうです。(^^♪

美味しい夕食をご馳走になり、遠慮を知らない欠食児童のわたしは?
4膳もお代わりしてしましました。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

そしてこの家にはピアノが置いてあって、久しぶりに音楽に触れることが出来ました。
とは言ってもピアノでジャズは弾けませんでしたが。(*^^*)

お風呂にも入れさせてもらい、久しぶりに爆睡することが出来ました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥28 パン2個¥40  合計¥68


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by ymweb | 2016-06-16 16:56 | じゃずぎたりすと物語
【津軽から羽後を走る!】

1970年8月26日(水)

お寺の朝は早い。
わたしは6時30分に目が覚めたけど、もうみんな起きている様子でした。
あわてて支度をしていると「ご飯食べて行きなさい!」との声。
有り難く感謝のうちにいただき、出発となりました。

大鰐町で国道7号に出ました。
周囲には湯治場が多くてとても風光明媚。
きつい上り坂も景色の美しさがペダルをアシストしてくれます。

「矢立峠」に差しかかった時でした。
道路の周りにカメラを構えた大勢の人がいるではありませんか。。。
みんな線路の方に焦点を当ててじっと待っています。
何があるのか分からず、わたしも少し待ってみることにしました。

その時!!
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何と、蒸気機関車が3台連結されて峠を登っているではありませんか!
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後にこれが鉄道ファンには有名な「矢立峠の三重連」だと判明しました。
鉄道ファンならずとも、この光景を目の当たりにすると圧巻です。

矢立峠を越えて秋田県に入りました。
疲れてお腹も減った時「佐藤商店」という看板が見えました。
「佐藤」と聞くと初恋を思い出して少しドキッとしちゃいます(^_^)/~
※バックナンバー「初恋」をご覧ください。
http://ymweb.exblog.jp/6686671/

ここで飲み物とパンを食べて、
さらに登り下りの羽州街道を米代川に沿って進みます。

ようやく能代の街に入り、今宵の寝床探しです。
能代にはお寺が集中してある町があったので、
片っ端から宿泊を頼んでみたものの、すべて断られました。(;_;
こうなれば街道脇の大きな家を探して、
その庭にテントを張らせてもらう作戦です。

「浅内」という集落まで進んだところ、大きな家が目に留まりました。
出て来た青年にテントを張らせてと頼んだら快くOKをいただきました。
こうして庭にテントを張り終えると、
そこにおばさんが帰って来て、果物をご馳走してくれました。
家の中に泊まりなさいと言われましたがそれは遠慮しました。
もうテント張っちゃったし。。。
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夕飯に大好物のカレーライスをいただき、
蚊取り線香を炊きながら寝ました。

〔この日使ったお金〕 飲み物2本¥40 パン3個¥60 
サイダー¥30 アイスクリーム¥10 合計¥140



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by ymweb | 2016-06-15 23:59 | じゃずぎたりすと物語

【青森だとへばしゃ】

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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この自転車旅行記も間もなく終焉を迎え、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思います。

※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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【青森だとへばしゃ】
(青森というのはね、の意味ですw)

1970年8月25日(火)
朝5時30分、雨が顔にあたり目が覚めました。
待合室の椅子が空いたので、寝床を移動してもう少し寝ることにしました。
外を見ると雨は本降りになって来ましたが出発しないわけにいきません、
少し睡眠不足でしたけど、ポンチョをまとっていざ出発です。
お腹が空いているので市内の商店でパンを買い、走りながら食べました。
北海道を支配していた?高い「日糧パン」とは違い、安いのが嬉しい。
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※当時の個人的感想です。

青森からは通常国道7号線をひたすら走れば良いのですけど、
地図を見ると7号線は湾曲しているので、
弘前を通らないショートカットの道を選びました。
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浪岡町に着くころには雨もすっかり上がり、
「日本の原風景」みたいなのどかな道を進みました。
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今日は睡眠不足と雨だったため疲れモード。
昼飯のパンを買った商店のご主人に
この近くでテント張れたり泊まれそうな場所を訊いたものの、
津軽弁の訛りが激しくて聴き取れず降参。(;_;
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もう少し先に進むことにしました。

愛車レッド号は「尾上町」というところに入りました。
※南津軽郡尾上町、現在の平川市です。

体力も限界に近づいていました。
テントを張る元気もなかったので、
お寺の本堂の片隅にでも泊めてもらおうと、
近くにあった「浄土寺」というお寺に飛び込みました。

クラッと来るくらい美しくてスタイルの良い奥さまが出てきました。Σ(゚Д゚)
奥さまはわたしの疲れ果てている姿を察してか、
宿泊を快諾してくれました。(^^)/

しばらくしてから大阪帰りのご住職が現れて、
行ってきたという万博の話をたくさん聞かせてもらいました。
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ご飯もご馳走になって、9時には寝ました。
何しろお寺の夜は早く、
みんな8時半には床に就いたようです(^_^)/~

〔この日使ったお金〕 ブドー入り黒パン¥40 カレーパン¥20
コーヒークリームパン¥20 クリームパン¥40 合計¥120




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by ymweb | 2016-06-15 16:04 | じゃずぎたりすと物語

【さらば北海道】

【さらば北海道】

1970年8月24日(月)

朝6時に起床。
昨日は空きっ腹で寝たので、
朝食はたくさん食べようと心に決めていましたが、
このユースホステルの朝食は袋に入った薄いパンがたった3枚と、
小学校の給食で出てくるような脱脂粉乳ミルクと
キャベツの千切りサラダが少々。
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※当時の日記の絵から。

自転車旅行を一ヶ月以上続けている
欠食児童?の16歳宮之上少年にとって、
このユースホステルは最悪でした、
ギターがあったこと以外。('_')

今日の予定は室蘭まで走ってそこからフェリーに乗り、
青森まで行きます。
(行きに函館から走った同じルートを走らなくて済む賢い選択でした。)
ここから室蘭まではそんなに遠くないので、また少し横になって、
フェリー出発の時間に合わせて出発しようと思います。

雨が降る中、国道36号線をひた走っていると
どこかで見たようなスカイラインが走って来て
わたしに合図を送っています。
まさか!!

やはりそうでした。
塚尾牧場の若旦那で、仕事で室蘭まで行くそうです。
「気を付けて行くんだぞ!」
心強い励ましの言葉をかけてもらって分かれました。

室蘭の街に到着しました。
近くで昼食のパンと船中の夕食も買いに行きました。
北海道では「日糧パン」という会社が大きなシェアを占めていて、
味はまあ良いのだけど、
貧乏旅行者にとって値段が高いのが難点でした。
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でも仕方ないので、50円のピーナッツパンと
30円のぶどうパンを買って半分だけ食べ、
残りを夕食に回そうと思いました。(;_;

室蘭港のフェリー乗り場に到着しました。
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旅で得た凄い宮之上式節約法があります。
先ずは荷台が空いているトラックを見つけます。
そして運転手にわたしを助手席に乗せて、
荷台には自転車を積んでくれるよう頼みます。
こうすることによって積んだ自転車はトラックの荷物とみなされ、
車の同乗者の運賃も無料になるのです。
つまり無料でフェリーに乗ることが出来るのです。(^^)/
※1970年の情報で、現在は違うと思います。
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このフェリーには大勢のサイクリストが乗っていました。
しかしわたしのような頭脳作戦を行っている人は。。。
いそうもありませんね(笑)
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フェリーは太平洋、そして津軽海峡に進みます。
漕がなくても進んでくれる歓び。
しっかり寝て日ごろの疲れを癒しました。
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「お~い、着くぞ!」
夜10時、運転手から起こされて甲板に出ると青森港。
「日水」のマークが赤々と海面に反射していました。
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本州に戻って来たぞ~~!!
さて今夜のネグラ探しです。

目に留まった寺を2ヵ所尋ねましたがどちらも断られ、
寒さと空きっ腹で「ラーメン80円」の看板に飛び込んだものの、
「看板に偽り有り」で、90円取られてショック!(;_;

泊まる場所がないので駅の待合室のベンチで寝ようと思い、
青森駅に向かいました。
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しかし、です、
何とベンチも始発待ちの人でいっぱいでした。
仕方なく手製寝袋にくるまって自転車置き場の横で寝ることにしました。
しかしそこにも数名、始発待ちの人が寝ている状態でした。"(-""-)"

蚊がうるさくてなかなか寝付けず、眠りについたのは1時半頃でした。
しかし本州に戻って来たので、ここからは南下するだけです。

いよいよ自転車旅行記も最終章に入ります。
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〔この日使ったお金〕 パン代合計¥110 / ラーメン¥90 合計¥200




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by ymweb | 2016-06-03 17:25 | じゃずぎたりすと物語

牧場を後に

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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1970年8月22日(土)
 【牧場を後に】

朝5時過ぎに起きて馬にカイバをあげ、一頭一頭にブラシをかけます。
牧場バイト最後の仕事です。
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一度仔馬にブラシをかけていた時に足を軽く踏まれて
飛び上がるような痛い思いをしたことがあるので、
まだ少し恐さはあるものの、毎日世話していたので愛おしくて、
一頭ずつ別れを言いました。
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朝食を済ませてバイト代金¥3,000をいただき、
思い出深い塚尾牧場を後に、
日本一周自転車旅行一人旅の再開です。

国道235号線を太平洋に沿って西に向かいます。
風が強いのは台風の影響ですが、
運良くそれが追い風となって、楽に走ることが出来ました。
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苫小牧市にほど近い沼の端(ぬまのはた)というところまで来たら道を間違え、
国道を進むはずが自転車の天敵の砂利道に。

こうして苫小牧市まで来て、
疲れたので今日はこの街に泊まろうかと思ったけど、
この街は製紙工場が立ち並んでいて少し無機質に見えたので、
もう少し先に進み、白老(しらおい)という街に泊まることに決めました。

早速テントを張れるような敷地のあるお寺を探しに行きます。
近くには「白老ユースホステル」がありますが、
貧乏旅行ではその宿泊料さえ高く思えて、なかなか飛び込む勇気がありません。
しかし出発前にユースホステルにも宿泊する旨を伝えていたので、
両親から手紙が届いている可能性もあり、とりあえず立ち寄ることにしました。
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※写真は拾って来たもので当時のものではありません。

「みやのうえさん?ですか?」
わたしの勘は的中して、父から手紙が届いていました。

途中カメラをどこかに落として凹んでいた時に、
赤電話から自宅に電話したことを覚えていたらしく。
「貴昭、元気か? カメラは買いなさい、
吉田君は途中台風に遭ってめげたらしく帰って来たぞ」

元々口数の少ない父で、手紙の内容もたったそれだけの短いものでしたが、
16歳の宮之上少年は久しぶりに父の肉声を聞いたような気持になりました。

カメラは阿寒湖で借りたので大丈夫!
気を取り直して寺探し。
2軒目のお寺で宿泊のOKをいただき、境内の隅にテントを張りました。
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そして近くにある有名なアイヌ部落に行き、
資料館や踊りを楽しみました。
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純粋なアイヌ人はもうほとんどいないそうです。

こうして10時半、
またきつい手作り寝袋に体を突っ込んで寝ました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥25 / 豆パン大1個(¥60) /
パン1個¥30 / アイヌ部落入場料¥70 / タバコ(mf)¥80 合計¥265



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by ymweb | 2016-05-23 13:12 | じゃずぎたりすと物語
しばらく絶筆していた「ジャズギタリスト物語」の続編を書いてます。
「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。
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このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが、 (ーー;)
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私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/


1970年8月17日(月)

【OK牧場?!】

朝目が覚めてほどなく、寺の住職の奥さまが
「朝ごはん食べて出発しなさい」と嬉しい言葉をいただき、
遠慮なくご馳走になって、
意気投合した山田さんと一緒に出発となりました。

昨日道で拾った車のホイールキャップはあまりにも重くてガサ張り、
これでバーベキューという目論見は消失して、
結局途中で捨てることになりました。(*_*)
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国道235号線は地図と違って舗装道路ばかりではなく、
途中何度も砂利道になります。
しかし疲れを爽やかにさせるのは、左手に太平洋の大海原、
そして右手には牧場の大草原の景色でした。。
そう、この辺りはサラブレッドの名馬を産む牧場が集まっているのです。

「せっかく北海道に来たんだから牧場でちょっとバイトでもしたいね。。」
「お金もないし思い出にもなりそうだから。。。」

そんな気持ちが芽生えながら静内という町に入って来ました。
数日だけバイトできるか牧場に飛び込みで聞いてみることにしました。
ほんとうは新鮮な牛乳が毎日飲めそうな牛の牧場と思っていたのですが、
この日高地方はサラブレッドの名馬を産む牧場が集まっているのです。

しかし2ヶ所の牧場で丁寧に断られ?牧場のアルバイトをあきらめていたら、
「塚尾牧場」という名前の牧場が見えてきました。
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塚尾牧場だから、ひょっとして「よし、つかおー」となるかもしれない?
つまらないシャレに任せて訪ねたところOKの返事をいただきました。
3食、風呂付き、1日700円、です。

傍らにいる女性はとても美しい奥さまで、
テレビ番組「11pm」のカバーガール、高橋レナによく似ていました。
16歳の宮之上少年の目に眩しく映りました(*^^*)
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この牧場に到着したのがまだ午前中だったので、
早速これから仕事、内容は「皮むきだ!」と言われました。
それを聞いた一人の若い男がくすくすと不敵な笑みを浮かべていたので、
どんな仕事か気になりました。

外に出て斧を手に取り、伐採して山積みになっている木を1本ずつ皮を剥いでいくという単純作業です。
生木をそのまま使うと腐ってしまうので、皮を剥いでペイントして牧柵に使うそうです。
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これは思いのほか重労働です。
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最初の1本の皮を剥ぐだけでも「グー」が出来ないほど手が痛くなってきました。
隣で黙々と木の皮を剥いでいる山田さんにも同様の疲れの色が見えます。
あの若い男の浮かべていた笑みの意味がよく分かりましたが、
放牧されている馬を見ると何か癒されます。
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「もう終わっていいぞ!」の声がかかる夕方5時までこの単純作業は続き、
質素だけど美味しい夕飯をご馳走になって静内の街に出かけます。
目的はもちろんパチンコです。(^_^)/~
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(;_;

('_')

('Д') 

Σ(゚Д゚)

"(-""-)"

200円の大金をすって帰り(;_; 
夜9時になると馬のご飯と水やりの手伝いをしました。
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こうしてすっかり疲れて夜11時に寝ました。


〔この日使ったお金〕 パチンコ代¥200

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【ちょい悪少年!?の日々】

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1970年8月18日(火)~21日(金)

毎朝5時起床、馬にカイバと水をあげてブラッシングと糞の掃除。
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その後は牧柵作りという単純仕事、
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夜になると山田さん、そして当初不敵な笑みを浮かべていた宮田さんと共に町に繰り出してパチンコと飲酒、
文字通り「ギャンブル・飲酒・喫煙」という、ちょい悪を楽しんで?いました。
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ある日、応接室に入った時にレコードと「8トラック」を発見しました。!
何とその中にはジャズもあるではありませんか!(^^♪
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ご主人に応接室でこれらを聴く許可を得て、
一人夜な夜な応接室でジャズを聴いて楽しみました。
ギターがないので良いフレーズは何度も聴いて
口笛で吹けるように練習しました。
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危うくこのままでは将来「激悪オヤジ」になるところを、
(現在なっているというツッコミはいりません)
ジャズに救われたような気がしました。

たった5日間のバイトでしたけど、とても有意義に過ごせました。
快くバイトを受けてくださり、すっかりお世話になった塚尾牧場さんに感謝です。

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※塚尾牧場はダービー馬「タニノハローモア」を輩出した牧場でしたが、
調べたところ残念ながら倒産に追い込まれたそうで、現在はありません。

明日はここ塚尾牧場と山田さんともお別れして、北海道をさらに西に進みます。


〔この4日間で使ったお金〕 初日のパチンコ代とお酒代 合計¥350

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by ymweb | 2016-05-06 22:19 | じゃずぎたりすと物語
しばらく絶筆していた「ジャズギタリスト物語」の続編を書いていきます。
「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。
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このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが、 (ーー;)

私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
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※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。

【さすらいのギャンブラー?】

1970年8月16日(日)

このユースホステルで落ち合おうと約束していた吉田君は来ないし、
台風が接近しているということで部屋でのんびりしようと思ったけど、
朝から日が差していたので、朝食を食べてすぐに出発することにしました。
宿で一緒になった九州の水俣から来たという
サイクリストの山田さんと一緒に出発しました。
ずっと一人旅を続けていると、
こうした同行者がいるのはとても嬉しいことです。
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台風は逸れたようですけど肌寒く、むちゃくちゃ風が強くて、
一生懸命ペダルを漕いでもなかなか前に進みません。
山田さんもこの強風にかなり苦労しているようです。
お腹が空いてきて、
街道沿いに商店を探しますがなかなか見当たりません。
そんな中、道端に落ちている車のホイールキャップを発見しました。
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このホイールを下から熱して肉を焼くと美味しそうだな。(-ω-)/
そんな目論見を山田さんに伝えると大喜びで賛同してくれました。
実はわたし、人参や肉のちょっとした脂身も食べられない人間でしたが、
この旅行で体がそれらを欲するのか、好き嫌いがなくなりました。

強風の中、ホイールキャップを積んで走っていると夕方になり、
「三石」という町に着きました。
走行距離はぜんぜん伸びなかったけど、
今夜はこの町に宿泊することにします。

テント寝は覚悟していたのですが、
ダメ元で近くにあった寺に行き宿泊交渉。
これがOKとなって荷物を置いて部屋でのんびり。
そんな中、山田さんから思いもかけない言葉が。

「宮之上君、パチンコやりに行かない?」

パ、パチンコ???
子供のころ(この時も子供だけど)お父さんやおばさんに連れられて行き、
何回か玉を打たせてくれた遊ばせてもらったことはあるけど、
自発的にパチンコ屋に行ったことなどありません、法律的にもダメだし。。。
※そんなこと言ったらこの自転車旅行で喫煙したのは何なんでしょう(*_*;
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仕方なく?期待を持って山田さんとパチンコ屋に行きました。( `ー´)ノ
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Σ(゚Д゚)

( 一一) 

('Д') 

"(-""-)"

大金200円をすっかりすって肩を落として寺に戻ると、
お寺の方がわたしたちに夕飯をご馳走してくれました。

山田さんと旅のいろいろな話をして9時ごろ床に就きました。

【この日使ったお金】 ユースホステルの朝食¥130 / 牛乳¥23 / パン¥100 /
酢イカ¥50 / 天ぷら¥30 / アイスクリーム¥30 / パチンコ代¥200
 〔合計¥536〕


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by ymweb | 2016-05-04 14:53 | じゃずぎたりすと物語
「えりもの~ 夏ぅは~~♪」

1970年8月15日(土)

ユースホステルの朝食は高いので頼んでおかなかったから、
すきっ腹を抱えての出発になりました。
風が強いものの、わりとすぐに「フンベの滝」に到着。
想像していたのより小規模な滝だったけれど、
周りにいる人に記念のシャッターを押してもらいました。
パチリ
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先に進んで「音調津」(おとしべつ)という集落に商店があったけど、
人が大勢いたので、
もう少し先にある目黒という集落でパンを食べました。

ルウランという集落を過ぎて,
百人浜と「一石一字塔」というところまで来ました。
浜は美しかったのですけが、
「一石一字塔」は16歳の宮之上少年にとって興味がありませんでした。
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※「一石一字塔」を調べてみると、
襟裳岬近海で遭難した犠牲者の霊を慰めるために建てられたそうです。

さらに海岸線を走ると待望の襟裳岬の駐車場に到着!
気が付けば今日は土曜日、観光に来た車で溢れていました。
やっとのことでゴミ箱横に自転車置き場を見つけて,
徒歩で岬に向かいました。

台風が近づいているということで曇り空で風が強く、
高台にある展望台から見ても波が高いのがよく分かり、
岩礁はまるで海に牙をむいているようでした。
観光で訪れた人に写真を撮ってもらいました。
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雨が降ってきましたが、
岬を後にしてしばらく走ると「幌泉」というところに到着しました。
今日はそこにある「えりも岬ユースホステル」に泊まる予定にしていました。
というのは、自転車旅行でわたしと逆回りをしているはずの親友の吉田君と
このユースホステルで落ち合う約束をしていたのです。
会って宿や食事など、これまでの情報の交換も出来るのでとても楽しみです。
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※「えりも岬ユースホステル」は現在「民宿仙庭」という名で営業しているそうです。

しかし、待てども待てども吉田君は来ません。
気を紛らわすために?街で行われていた盆踊りに参加しました。
結構楽しかったです(^^)/

しかしどうしたのでしょう、結局吉田君は現れませんでした。
約束を破られて少しイラつきましたけど、何かあったのかと心配です。

【この日使ったお金】 パン合計¥55 / ジャンボアイスクリーム¥50 / 牛乳¥25 /
トマト¥18 / サイダー¥45 / ユースホステル¥470 合計¥663
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by ymweb | 2016-05-03 17:44 | じゃずぎたりすと物語

陰鬱な日

しばらく絶筆していた「ジャズギタリスト物語」の続編を書いていきます。
「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。
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このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが、 (ーー;)
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私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。


1970年8月14日(金)

目が覚めるとお世話になったお巡りさんの姿はなく、
出発の支度を整えているところに帰って来ました。

どうやら交通死亡事故があって呼び出されたようです。
「どうにか事故が起こらない方法はないものかな~
もう幕別を逃げ出したくなった。。。」とぼやいていました。

お礼を言って玄関を開けると外は雨模様で、何か陰鬱な雰囲気の朝でした。
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ポンチョをまとって走っていると間もなく、荷物の中から靴下が飛び出してギアーの絡まったらしく、
ペダルを力強く踏んだらギアーの付け根からポキっと折れてしまいました。(;_;
自転車屋を教えてもらい、転がしながら雨の中ようやく辿り着いたものの、店の人がいません。
近くの人に別の自転車屋を教えてもらったけど、ここにも店員不在。
一体どうなっているんだ~北海道!(。-`ω-)
雨はいよいよ本降りとなって来ました。
泣きたい気持ちを抑える16歳の宮之上少年です。( ノД`)シクシク…

店の隣の人が電話で呼び出してくれて店員がやっと来て修理となりました。
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愛車レッド号は何とか直りましたけど、思いがけない時間と費用の出費です。

しかし一生懸命にペダルを漕いで広尾というところまで来ました。

この自転車旅行ではほとんと定宿となっているお寺に行き、泊めてくれるか訊いてみました。
しかし数件のお寺を回ったものの、すべて断られました。
※テントも積んでありますが、場所の確保や設営に時間がかかるため、
時間を有効に使うにはお世話になる方が都合が良かったのです。

仕方なく?この街にあるユースホステルに行ってみました。
※この時はユースホステルの宿泊代さえ高かったのです。
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どのユースホステルでも行われている、自己紹介や旅の目的を語る、
みたいな、「ミーティング」という行事には参加しないで、すぐに寝ました。

明日はいよいよ襟裳岬に到達予定です。
実は出発前から約束していた友人と会うことになっているのです。
とても楽しみです。

【この日使ったお金】 自転車修理代\1,700 / 牛乳2本合計¥43 / ガム¥18 /
パン2つ合計¥70 / ユースホステル宿泊料¥470 〔合計¥2,301〕
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by ymweb | 2016-04-27 15:00 | じゃずぎたりすと物語