宮之上貴昭執筆による長期連載


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2016年 06月 15日 ( 2 )

【津軽から羽後を走る!】

1970年8月26日(水)

お寺の朝は早い。
わたしは6時30分に目が覚めたけど、もうみんな起きている様子でした。
あわてて支度をしていると「ご飯食べて行きなさい!」との声。
有り難く感謝のうちにいただき、出発となりました。

大鰐町で国道7号に出ました。
周囲には湯治場が多くてとても風光明媚。
きつい上り坂も景色の美しさがペダルをアシストしてくれます。

「矢立峠」に差しかかった時でした。
道路の周りにカメラを構えた大勢の人がいるではありませんか。。。
みんな線路の方に焦点を当ててじっと待っています。
何があるのか分からず、わたしも少し待ってみることにしました。

その時!!
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何と、蒸気機関車が3台連結されて峠を登っているではありませんか!
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後にこれが鉄道ファンには有名な「矢立峠の三重連」だと判明しました。
鉄道ファンならずとも、この光景を目の当たりにすると圧巻です。

矢立峠を越えて秋田県に入りました。
疲れてお腹も減った時「佐藤商店」という看板が見えました。
「佐藤」と聞くと初恋を思い出して少しドキッとしちゃいます(^_^)/~
※バックナンバー「初恋」をご覧ください。
http://ymweb.exblog.jp/6686671/

ここで飲み物とパンを食べて、
さらに登り下りの羽州街道を米代川に沿って進みます。

ようやく能代の街に入り、今宵の寝床探しです。
能代にはお寺が集中してある町があったので、
片っ端から宿泊を頼んでみたものの、すべて断られました。(;_;
こうなれば街道脇の大きな家を探して、
その庭にテントを張らせてもらう作戦です。

「浅内」という集落まで進んだところ、大きな家が目に留まりました。
出て来た青年にテントを張らせてと頼んだら快くOKをいただきました。
こうして庭にテントを張り終えると、
そこにおばさんが帰って来て、果物をご馳走してくれました。
家の中に泊まりなさいと言われましたがそれは遠慮しました。
もうテント張っちゃったし。。。
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夕飯に大好物のカレーライスをいただき、
蚊取り線香を炊きながら寝ました。

〔この日使ったお金〕 飲み物2本¥40 パン3個¥60 
サイダー¥30 アイスクリーム¥10 合計¥140



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by ymweb | 2016-06-15 23:59 | じゃずぎたりすと物語

【青森だとへばしゃ】

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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この自転車旅行記も間もなく終焉を迎え、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思います。

※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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【青森だとへばしゃ】
(青森というのはね、の意味ですw)

1970年8月25日(火)
朝5時30分、雨が顔にあたり目が覚めました。
待合室の椅子が空いたので、寝床を移動してもう少し寝ることにしました。
外を見ると雨は本降りになって来ましたが出発しないわけにいきません、
少し睡眠不足でしたけど、ポンチョをまとっていざ出発です。
お腹が空いているので市内の商店でパンを買い、走りながら食べました。
北海道を支配していた?高い「日糧パン」とは違い、安いのが嬉しい。
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※当時の個人的感想です。

青森からは通常国道7号線をひたすら走れば良いのですけど、
地図を見ると7号線は湾曲しているので、
弘前を通らないショートカットの道を選びました。
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浪岡町に着くころには雨もすっかり上がり、
「日本の原風景」みたいなのどかな道を進みました。
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今日は睡眠不足と雨だったため疲れモード。
昼飯のパンを買った商店のご主人に
この近くでテント張れたり泊まれそうな場所を訊いたものの、
津軽弁の訛りが激しくて聴き取れず降参。(;_;
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もう少し先に進むことにしました。

愛車レッド号は「尾上町」というところに入りました。
※南津軽郡尾上町、現在の平川市です。

体力も限界に近づいていました。
テントを張る元気もなかったので、
お寺の本堂の片隅にでも泊めてもらおうと、
近くにあった「浄土寺」というお寺に飛び込みました。

クラッと来るくらい美しくてスタイルの良い奥さまが出てきました。Σ(゚Д゚)
奥さまはわたしの疲れ果てている姿を察してか、
宿泊を快諾してくれました。(^^)/

しばらくしてから大阪帰りのご住職が現れて、
行ってきたという万博の話をたくさん聞かせてもらいました。
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ご飯もご馳走になって、9時には寝ました。
何しろお寺の夜は早く、
みんな8時半には床に就いたようです(^_^)/~

〔この日使ったお金〕 ブドー入り黒パン¥40 カレーパン¥20
コーヒークリームパン¥20 クリームパン¥40 合計¥120




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by ymweb | 2016-06-15 16:04 | じゃずぎたりすと物語