宮之上貴昭執筆による長期連載


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2016年 05月 23日 ( 2 )

あっ! ギター!

1970年8月23日(日)
【あっ! ギター!】

白老の朝。
起きて出発の準備に取り掛かりました。
帰ってからお礼状を書くためにこのお寺の住所を聞いて出発。

北海道の滞在も少なくなってきたので、のんびり走りました。
今日の目的地は登別温泉あたりで、比較的近いのです。

途中お腹が空いて、豆パン1個買って食べましたがぜんぜん足りません。

小1時間走ったところでもう登別駅に着いてしまいました。
ここから登別温泉まではすぐだろうと、たかをくくっていましたが、
それがとんでもない上り坂の砂利道でした。('_')

自転車を降りて押しながら坂道を登っていると、
そこへ1台のバイクが近づいてきました。

「引っ張って行ってあげようか、ロープで!」
こうしてバイクに引っ張られて坂道を登って行くとすぐに転倒。
気を取り直して再びトライするもまたまた転倒して、
膝を擦りむいてしまいました。
気持ちに感謝してお別れしました( `ー´)ノ

ようやく登別温泉・地獄谷に到着しました。
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ほとんど知られていなそうな、
倶多楽湖(くったらこ)という湖を訪ねてみることにしました。
透明度の高いとても綺麗な湖です。
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湖畔には「倶多楽湖ユースホステル」と、裏手にはキャンプ場もあって、
少し早いけど、今夜はこのキャンプ場に泊まろうかと思います。

しかしです、ふとユースホステルの窓を見ると、
何とギターが見えるではありませんか!!
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ギターが弾きたいがために?早速行って空き部屋を確認して
こちらに泊まることにしました。(^^♪

しかしこのユースホステルは風呂の設備がなくシャワーのみ、
食事もお粗末で、ミーティングと呼ばれる
ユースホステル独自のイベントもありません。
ペアレントと呼ばれるオーナーはあまりやる気がないように感じました。
※日記に書いてあるその時の個人的な意見です。

しかし宿泊者で外でキャンプファイアーをしている人たちがいて、
その人たちが自発的に「夕べの集い」を行い、わたしもそれに参加しました。

一人ずつ自己紹介している間もわたしはずっとギターの演奏に耽り、
自分の番が回ってくるのも忘れていました。

「へ~~ 上手ですねギター! 何を弾かれているのですか?」
「ありがとうございます、ジャズです。」

パチパチパチパチ

「真っ黒に焼けていますけどどちらからいらしたんですか?」
「自転車で東京から来ています」

パチパチパチパチ

「今日で何日目ですか?」
「え~と。。。1ヶ月と1日です」

パチパチパチパチ

質問に答えるたびに周囲から拍手が起こりました(笑)
宿は期待に反しましたけど、素晴らしい出会いに感謝です。
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※この写真はイメージです。

ほんとうはもっとギターを触っていたかったのですが、
9時半ごろ床に就きました。
布団の中に入っても足はまだビートを刻んでいて、
なかなか寝付けませんでした。('_')

さて明日はいよいよ北海道とお別れして本州に戻ります。
この自転車旅行も終盤に入りました。

※情報によると倶多楽湖ユースホステル(白老郡白老町字虎杖浜)は、
解約後も『倶多楽湖キャンプ場』敷地内のロッジとして営業を継続していましたが、
1999年に廃業し、閉鎖された模様です。

〔この日使ったお金〕 豆パン1個¥60 / ファンタ¥30 / ナイスクラッカー¥50
ユースホステル代¥600 合計¥740


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by ymweb | 2016-05-23 16:25

牧場を後に

9年間かけて書いている「じゃずぎたりすと物語」の続編、
執筆再開しています。
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「じゃずぎたりすと物語」は、私がギターを始めるきっかけから
プロのジャズギタリストになるまでの出来事を、
おおよそ史実に基づいて書いています。

このところ、人生においての大きな思い出となった
「自転車日本一周旅行記」の話が長くなっていますが (ーー;)
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、
体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
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ほどなくして旅行記は終了させて、
またジャズギタリストへの道を綴りたいと思いますが、
自転車旅行記もまだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。
※初めて読まれる方は是非第一話からお読みください。
http://ymweb.exblog.jp/

※自転車旅行記はその時に書かれた日記や写真を参考に、
ほとんど史実通りお伝えしています。
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1970年8月22日(土)
 【牧場を後に】

朝5時過ぎに起きて馬にカイバをあげ、一頭一頭にブラシをかけます。
牧場バイト最後の仕事です。
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一度仔馬にブラシをかけていた時に足を軽く踏まれて
飛び上がるような痛い思いをしたことがあるので、
まだ少し恐さはあるものの、毎日世話していたので愛おしくて、
一頭ずつ別れを言いました。
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朝食を済ませてバイト代金¥3,000をいただき、
思い出深い塚尾牧場を後に、
日本一周自転車旅行一人旅の再開です。

国道235号線を太平洋に沿って西に向かいます。
風が強いのは台風の影響ですが、
運良くそれが追い風となって、楽に走ることが出来ました。
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苫小牧市にほど近い沼の端(ぬまのはた)というところまで来たら道を間違え、
国道を進むはずが自転車の天敵の砂利道に。

こうして苫小牧市まで来て、
疲れたので今日はこの街に泊まろうかと思ったけど、
この街は製紙工場が立ち並んでいて少し無機質に見えたので、
もう少し先に進み、白老(しらおい)という街に泊まることに決めました。

早速テントを張れるような敷地のあるお寺を探しに行きます。
近くには「白老ユースホステル」がありますが、
貧乏旅行ではその宿泊料さえ高く思えて、なかなか飛び込む勇気がありません。
しかし出発前にユースホステルにも宿泊する旨を伝えていたので、
両親から手紙が届いている可能性もあり、とりあえず立ち寄ることにしました。
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※写真は拾って来たもので当時のものではありません。

「みやのうえさん?ですか?」
わたしの勘は的中して、父から手紙が届いていました。

途中カメラをどこかに落として凹んでいた時に、
赤電話から自宅に電話したことを覚えていたらしく。
「貴昭、元気か? カメラは買いなさい、
吉田君は途中台風に遭ってめげたらしく帰って来たぞ」

元々口数の少ない父で、手紙の内容もたったそれだけの短いものでしたが、
16歳の宮之上少年は久しぶりに父の肉声を聞いたような気持になりました。

カメラは阿寒湖で借りたので大丈夫!
気を取り直して寺探し。
2軒目のお寺で宿泊のOKをいただき、境内の隅にテントを張りました。
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そして近くにある有名なアイヌ部落に行き、
資料館や踊りを楽しみました。
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純粋なアイヌ人はもうほとんどいないそうです。

こうして10時半、
またきつい手作り寝袋に体を突っ込んで寝ました。

〔この日使ったお金〕 牛乳¥25 / 豆パン大1個(¥60) /
パン1個¥30 / アイヌ部落入場料¥70 / タバコ(mf)¥80 合計¥265



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by ymweb | 2016-05-23 13:12 | じゃずぎたりすと物語