宮之上貴昭執筆による長期連載


by ymweb
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4 〈魔の練習:中学校時代〉

部屋のテーブルの上には昨日の宿題のやり残し。
そんなことなど全く気にしないで、起き抜けに先ずギターを手に取る。
その音を聴いてか、母が「よしあき、ご飯よ~~」と台所で叫んでいるけど
「ん?ご飯? いらな~い!」
ギターによって脳内モルヒネが注入されている今の私にとって、
朝ごはんなど食べてる暇などない。
昨日弾けなくって悔しかったフレーズを黙々弾いていると、
遠くでチャイムの音。
♪ ピ~ンポ~ン~パ~ンポ~ン ♪ ポ~ンパ~ン~ピ~ンポ~ン♪ ピ~ン~
あわてて、かばんに教材を詰め込んで、というか、ほとんど昨日のままのかばんを持って玄関を飛び出す。
そう、私の通う日野二中は道路を1本隔てた目の前にありました。

幼い頃から運動能力に長けていた私は、短距離リレーの選手で、
小学校最後の運動会では赤組代表選手となり、優勝旗も手にしました。
そんな私ですから、始業のチャイムが鳴り始めてから鳴り終わるまでに教室に入って着席しています。少しハーハーしていますが。

そんな運動能力を買われて、中学進学と同時に、いろいろなクラブ活動からの勧誘がありました。
陸上部からはもちろん、体操部やテニス部など。。。
当時も性格は現在と全く同じで、疲れることをするのが嫌いなため、ことごとくそれらの入部を断りました。
でも音楽に携わりたいという気持ちから、何を血迷ったのか「ブラスバンド部」に入部しました。

手渡されたて吹くように命じられた楽器はホルン。
うあ~。。。なんぢゃこれ!? 貝みたいな楽器だな。。。

少し吹いてみると、音は出るようになりました。
しかし私は譜面が全く読めません。
それで先生に、どこをどのように吹くか教えてもらったところ、
「ンパ ンパ ンパ ンパパ  パッ パッ ンパパ」
おいおい!! 1歳児が初めて口にする言葉ぢゃあるまいし、嫌だよ~~~

というわけで、私のブラスバンド入部は2回の出席を持ちまして自主退部となりました。

その後も私は相変わらず「チャイムダッシュ」で家を出て、
終了の「チャイムダッシュ」で誰よりも早く部屋に帰る、そんな生活が続きました。
ギターを弾く以外に楽しみはな~んにもありませんでした。
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父は私が物心ついた頃から運転手を職業としていました。
チャップリンやスーザン・ヘイワードらの映画でお馴染みの
RKO映画の専属運転手もしていたことがあります。
家には自家用として〈ダッジ〉があって、父はそれを乗り回していましたから、
結構羽振りは良かったのかもしれません。

その後に「国際自動車株式会社」、現在の「Kmモータース」でしょうか?
転職して、ここでも高級外車のハイヤーの運転手をしていました。

そんな父は仕事柄、おおよそ2日泊まりで働いて帰るという不規則なパターンでした。
疲れている様子で、深夜に帰ると決まって機嫌が悪かった。
音楽には関心も興味も理解も全く示さない人でした。

そんなある晩遅く、私が部屋でギターを弾いていると、父が仕事から帰ってきました。
事件はここから始まります。
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by ymweb | 2007-03-23 17:55 | じゃずぎたりすと物語