宮之上貴昭執筆による長期連載


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じゃずぎたりすと物語 52話 〈北海道をひた走る!〉

皆さん、たいへん長らくお待たせいたしました。

執筆中の「じゃずぎたりすと物語」は中盤から
「自転車日本一周旅行記」に変わりかけちゃっていますが、(^^;
私にとって15歳~16歳にかけての自転車日本一周旅行は、体力作りはもとより、
根性や気力といった精神態度の原点ともなっています。
まだまだ皆さんにお聞かせしたい
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの出来事がたくさんあります。
完走するまで引き続き読んでくだされば嬉しく思います。

※記載してある情報は詳細に書き記された当時の日記からのものです。


「前号までのあらすじ」

1969年8月3日(日)
自転車日本一周一人旅で北を目指した16歳の宮之上少年は
初めて訪れる北海道までなんとか辿り着き、
現在は札幌にいて、泊まるところを捜し求めて中島公園のベンチに。

母の手作りの寝袋は毛布の端を縫い合わせただけのもの。
母の思いとは裏腹にとても寒くて、ベンチで縮こまってます。

その時!!


じゃずぎたりすと物語 52話 〈北海道をひた走る!〉
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1969年8月3日(日) 夜10時

ガシャ!!
すぐ隣で怪しげな人影が。。。

誰だ?! 

私と同じくサイクリストであった。
いくつもある中島公園のベンチなのに、わざわざ私のすぐ隣のベンチに陣取って
挨拶も全く無いまま暖かそうに膨らんでいる寝袋をセットしてベンチの下で悠々と寝入った。

こいつ。。。。

1969年8月4日(月)

夜が明けました。
結局この夜は寒くてほとんど寝ることが出来ませんでした。(ノ┏Д┓`)ホロリ・・・

やつはしっかり寝入っています。

6時20分。
私は荷物をまとめて出発することにしました。
札幌駅ってどんなかな。。 少し見学した後12号線をまっしぐら。
どこかでラジオ体操をやっているようです。

それにしても眠い。。。
自転車の居眠り運転をしそうな感じです (。´-д-)。o○Zzz

ところで今日は費用を安く上げようと心に誓ったのでした。
何故なら昨日は札幌ラーメン2杯という贅沢をしたからです。(^m^ )

近くの商店で20円のパンを2個買ったら、勘違いで1個25円。
ええい!面倒臭いと、結局3個も食べてしまいました。(^^;
でも飲み物はなるべく我慢しました。σ( ̄。 ̄) オイラ

国道12号線は美唄市あたりから滝川市にかけて直線区間が続きます。
日本一の直線区間だそうで、実は楽しみにしていたのですが。。。
確かに地図であるいは上空から見ればそうかもしれないけど、
実際に走ってみると道は真っ直ぐだけど登り下りがたくさんあって、
期待していたほど面白くはありませんでした。(´・ω・`)ショボーン

直線区間ともお別れで、愛車レッド号は雨竜から275号線に入った。
国道とはいえ、砂利道の部分も多くて走りにくかったけど、
風が助けてくれて、車のすれ違いの時はほこりを被らなくてすんだ。

碧水という集落の先1キロほど行った所に
「清雲寺」という保育園もしているお寺があったので,早速宿の交渉。
いつものように本堂の片隅にとお願いしたところOKの返事。
しかもお風呂と夕食までご馳走になりました。
お寺で食事をご馳走になるのは今回の旅行で初めてでした。

しばらく振りで布団で寝られてとても嬉しかった。
ここにギターがあれば最高なのに。。。

昨夜の睡眠不足があったので8時頃に寝ました。

[この日使ったお金]
パン3個75円 / 豆パン1個65円 パン1個30円 /ファンタ1本30円
サイダー1本25円 / アイスクリーム2個30円  合計255円


8月5日(火)

爆睡とはこのことでしょうか。
睡眠不足と気持ち良い布団の効果と相まって、
6時30分まで一回も目を覚ますことなくしっかり眠りました。

出発の支度をしていると、おかみさんが
「朝食を食べなさい」と声をかけてくれました。
自転車旅行は想像を絶する運動量なので、
起きている間はずっとお腹が空いていると言っても過言ではない状態。
もしほっておくと、ご飯10杯は軽くいけそうです。
16歳の宮之上少年は恥ずかしさと少し遠慮の気持ちがあるので?
ご飯を2膳いただいて、おかみさんが「もっとどうぞ」と言うのに、
心にもなく「ご馳走様!」と言ってしまいました。

出発は7時30分

私の自転車レッド号正面の荷物入れの上は
地図などを挟める透明なビニールケースになっていて、
私はAB型の几帳面さを活かして? 
走行ルートや距離と目的地を日ごとに地図で記してあります。

今日は日本海側の留萌市に出て北上するルートを取ります。

格好を付けてご飯のお替りをしなかったために、
案の定、途中でお腹が空いてパンを買う羽目になったことを除けば、
日本海に抜ける手前の峠は、風も後押ししてくれて思いのほか楽でした。

留萌市に到着。

真っ青な海!!!
気持ちいい~~~ は残念ながらすぐ終わり、
国道232号は小平(おびら)という集落から先は
非舗装の砂利道に一転です。

ガタガタと、ほこりまみれの道をひたすら北上しました。
途中、今では先ず見ることがなくなった散水車が
道路に水を撒きながら走っています。

しかし道路はすぐに乾いてしまい、
またすぐにほこりだらけになります。

走っていて印象に残ったのは、
このあたりの集落がとても寂れていることです。
その昔はニシン漁などで栄えていたのでしょうか。
道路脇の草も木もすべてほこりを被っていて、
民家は今にも倒れそうです。
狭い砂利道の国道を時折猛スピードで走る車は、
街道筋を支配しているヤクザに見えました。

途中、透浦(とううら)という集落で休憩をして
パンとサイダーを買いました。
そこの親父さんが話し好きで、
これからバスで病院に行くという子連れの女性も話に加わって、
海を見ながら思いがけず長居をしました。
女性は話に夢中でバスが来たことに気付かず、バスは行ってしまい、
親父さんがあわてて車に乗せてバスの後を追いかけて行きました。(笑)

砂利と舗装の国道をさらに北上していると
急に後ろのブレーキが効かなくなりました。
ありゃりゃ。。。
ブレーキのワイヤーが外れたみたいです。
苫前(とままえ)という町で自転車屋さんを探して直してもらいました。
有難いことに修理代を無料にしてくれました。

昼食は工藤商店というお店で「豆パン」を1個だけ買ったら、
座敷に上げてくれてお茶までご馳走になりました。

遠くに天売島と焼尻島がかすかに見えます。
景色と同様、人情もほんのり温かい感じがしました。

もう少し先に進んで羽幌という町に着いたところで今宵の宿を探しました。
海から続くなだらかな坂を上がったところに法専寺という、
ここもやはり幼稚園もしているお寺があったので交渉したところOK。
お世話になるのに贅沢は言えませんが、昨日の待遇が良過ぎたので。。。(笑)
しかしここには嬉しいことに私の泊めていただく場所にピアノがあるではありませんか。
ピアノでジャズは弾けませんが、
久しぶりに音楽に出会い、長いこと音と戯れていました。

夕食は道を挟んだところにある食堂で、
ラーメンの大盛りとソフト饅頭3個食べました。

またピアノを触ってから9時30分に寝ました。
東京に帰りたい、ギターが弾きたい。。。

明日は自転車旅行で最も怖ろしい経験をすることなど全く想像していない
少しホームシックになった16歳の宮之上少年でした。

次号〈恐怖の宿〉につづく

[この日使ったお金]

豆のパン60円、サイダー35円、ファンタ30円、
ラーメン(大)90円、ソフト饅頭3個45円 合計260円
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by ymweb | 2011-12-16 18:28 | じゃずぎたりすと物語